虚子とピアス ―卒業生総代になった私―
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記事:平井 理心(ライティング実践教室)
高校卒業式の1か月前、私は緩んでいた。
その前の11月に某大学推薦入試を受験し、奇跡的に「桜咲く」をいただいていた私は、もはや高校に行く必要は無かった。一方、友人たちは大学入試センター試験を経て前期・後期試験に焦点を合わせ、引き締まった眼差しであった。そんな友人たちとの距離感が私には掴めなかった。連絡を取らないでいた。私は緩み続けた。高校で禁止されていたバイトもしていたし、ピアスもあけた。
今から28年前のこと。私が地元徳島で過ごした高校最後の日々のこと。
私の緩みに歯止めをかけてくれたのは、担任から一本の電話であった。今から学校に来いという。バイトがばれたか? ピアス見つかったらヤバい! 髪で耳をめいっぱい隠し、不安いっぱいで学校に行った。
「卒業生総代に選ばれたんよ、おめでとう」
「……」
「答辞な」
「……なんで?」
「昨日の職員会議で満場一致やった。国語の先生がみてくれるけん、がんばりな」
「……」
どうして私が、総代に? 緩みきっているのに。今までも品行方正な生徒ではなかった。成績優秀ということでもなかった。生徒会長とか部活で活躍したとか、輝かしい生徒でもなかった。
なんで、私が? 強いて言えば、学校外の活動にはなるが、小学生のときから入っていた民間の合唱団がそこそこ有名だった。バチカン、ドイツ、オーストリア……数々の国で演奏旅行をした。地元のテレビ局や新聞でも何度も取り上げられた。学校生活はいまいちでも、私は目立った生徒の1人だったのかもしれない。
これが決めてか。おまけに、今、暇だって先生はお見通しなんだ。自分なりに理解ができたら、心は決まった。合唱団で培った舞台度胸はある。文章を書くのは好き。断る理由はない。
「答辞って、どう書くん?」
担任から、過去3年分、代々の卒業生総代が書いた答辞を借りた。これを参考に原稿用紙4枚くらいで書いてみて、国語の先生の添削をうけるようにとの指示だった。過去の答辞を読み比べると、似ている。構成は、「時候の挨拶、卒業式開催の御礼、学校生活の思い出、先生・保護者・諸関係者への感謝、在校生へのエール、今後の指導のお願い、締め」この中に感動的な言葉を織り交ぜればよし。
私は原稿用紙に向かい合った。一気に心身が引き締まった。そのとき、目の前に広がったビジョンがあった。
10代の感覚とは、本当に研ぎ澄まされていると、今になって感心する。四国の片隅から、このとき世界や未来とつながった感覚になった。私の目の前に広がったのは、当時起こったばかりの阪神淡路大震災の悲惨な状況から、世界中の暗い状態やネガティブな人々感情であった。
実際、私が高校を卒業した1995年以降、地下鉄サリン事件等の酷い犯罪も多々あったし、大きな自然災害も幾度も経験した。世界では戦争が止むことはなかった。
私は、すっごくポジティブな答辞にしたくなった。きっと、これからつらいこと、しんどいこと、どうにもならないことは何度も経験するだろう。だからこそ、卒業式は明るく元気に、そして力強く、皆を奮い立たせる言葉を発したかった。私たちには離別の感傷に浸るよりも大事なことのように思えた。
何度も添削をうけた。型通りの美文を好む多くの先生は、私の言葉にダメ出しをした。でも、冒頭と締めの言葉は私の強い思いがそのまま残った。
「どっからこの句、持ってきたん?」
「ふつうこういうことは言わんなぁ」
と言いながらも、国語の先生と担任は私に味方してくれた。
自分が卒業生総代で答辞を述べることは、友人たちには知らせてなかった。友人たちを驚かせたかったから。そして、私の答辞は卒業式まで秘密にしたかった。
卒業式前日に、たった一度の予行が行われた。
「卒業生総代答辞。卒業生、起立」との司会の言葉と共に、私が壇上へ上がっていく。卒業生からのざわつきを背中に受けた。そうでしょ、私が総代なんて誰も思わなかったでしょ。サプライズ成功! 私は心の中でドヤ顔を浮かべた。そして、そこでは私の答辞はよみあげなかった。
一夜明けて卒業式当日。ピアスを髪で隠す私は、おかっぱ頭のイケてない少女だった。緊張はしていた。でも、わくわくもしていた。
儀式がすすみ、私が私の答辞をよみあげる。
「春風や闘志いだきて丘に立つ」
冒頭は高浜虚子(たかはま きょし)の句を引用した。図書館にこもって書物を読みあさり、国語便覧を隈無く読みこみ、私の気持ちにぴったりする言葉を探した。それがこの句であった。不安で押しつぶれそうな中でも強い気持ちをもって立つ。春風はそんな私たちをいつもみてくれているよ。そう、皆に伝えたかった。
そして締めの言葉は
「私たちの未来に、ご期待あれ」
ゆっくりと、一語一語に気持ちを込めて、言い切った。
式が終わると、友人たちが褒めてくれた。もらった色紙には、修正液が塗られ、その上から「ナイス!答辞」と新たな文字が書かれてあった。私の思いは伝わった。ぎくしゃくしていた友人たちとの距離が、最後に元に戻った気がした。私は髪を耳に掛け、ピアスをキラキラさせながら、高校を後にした。その数日後、徳島を発った。友人たちもそれぞれの路に進んでいった。
あれから28年。やはり私たちにはいろんなことが降りかかった。でも、虚子の春風は私の心に吹いてくれている。あのときのピアスの輝きは失っていない。そして、徳島の皆を思うときはこの言葉を添えている。
「私たちの未来に、ご期待あれ」と。
***
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