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赤いマスクの少年


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:山田THX将治(ライティング実践教室)
 
 
一昨年、夏のこと。
世の中では、東京オリンピックが新型肺炎ウイルスの蔓延に伴い、一年延期の憂き目に遭ったにも関わらず、無観客での開催が決定されていた。何とも、どんより憂鬱な真夏だった。
オリンピックは、無観客ながら何とか開催されたものの、その他のスポーツイベントやフェスは、全て開催が中止されていた。
こうなると、部活の練習等も力が入らず、普段の夏休みなら昼間から動き回る若者を見掛けるものだが、その夏に限ってはとんと歓声が聞こえて来ることが無かった。
部活中もマスクをしているので、声の上げ様が無かったのだ。しかも、人前で声を出すこと自体が憚られていたのだ。
終わりに差し掛かっていないのに、寂しい限りの夏だった。
 
 
その夏の7月下旬、私は所用で出掛ける為、車のドアと窓を開け放った状態で暫くアイドリングしていた。真夏の車内は、気温70度にも達する危険地帯だ。
危険を避ける為、私は暫く車外に居た。

すると、駐車場前の歩道を中学生らしき少年がこちらに向かって歩いて来た。
制服、といっても夏服なので学生ズボンに白いシャツ姿の少年は、普段着に着替えたら小学生かと思われる程小柄だった。
こちらに向かって、とぼとぼと歩を進める少年は、心なしか足取りがおぼつかなかった。しかも、眼は涙目に為っていた。
『夏休みに告白して、振られたのか?』
私は実に勝手なノリツッコミを、心の中でしていた。
 
ところが、目の前を通り過ぎようとした少年に対し、私はただならぬ異変を感じ取った。思わず咳込んだ少年のマスクの真ん中が、にわかに赤くなったのだ。
私は、少年に対し、
「オイ、どうした? 具合が悪いのか?」
と、話し掛けた。
歩みを止め、私の方に振り返った少年は、眼に涙を溜めながら頭(かぶり)を振った。しかも、より一層足取りがおかしかった。
私は少年に駆け寄ると、手を貸しながら、
「暑い最中にマスクしていたから、逆上(のぼ)せたのだろ。それで鼻血が出たのだ」
と、極めて冷静を装って声を掛けた。
 
私は周りを見渡し、日陰に為っている歩道の段差に、少年を座らせた。
「少し待っていろ」
と、声を掛け、車に取って返した。
常備しているティッシュペーパー・ウエットティッシュ・予備のマスク、そして、ゴミ入れに出来るレジ袋、加えてペットボトルのミネラルウォーターを取りに行く為に。
 
少年の所に戻り顔を覗き込むと、少年の顔面は青ざめていた。
それより何より、白い不織布マスクは、既に鼻血で真っ赤に染まっていた。
私は少年に、
「先ず、マスクを取って袋に入れなさい」
と、言った。
少年は直ぐに動いてくれなかった。このままでは、湿った不織布マスクで窒息してしまうと私は気が気ではなかった。
「親や先生が、外でマスクを外すなって言っていたから……」
と、少年は弱々しく訴えて来た。
「そんなもの、緊急事態では二の次だ。兎に角そのままじゃ窒息するぞ。第一、逆上せているのだから」
と、私は説得した。
 
私の剣幕に、ようやく少年も聞く気に為ったらしく、おずおずとマスクのゴムに手を掛けた。
「鼻血をシャツに付けない様に気を付けて。血液は洗っても落ちないから」
と、私は注意した。
少年は、鼻血で赤く染まったマスクを、私が差し出した袋に入れた。マスクを外した少年の鼻からは、まだ少し流血が有った。ティッシュを数枚取らせて、
「すっくり、そうっと鼻をかみなさい。力を入れてはダメだぞ」
私は少年の鼻血まみれのティッシュを袋に捨てさせた。そして今度は、ウエットティッシュを取らせ、顔と手を拭う様に進言した。
「いいかい。現代では、自分の血液を他人に付着させない様にするのだ。医者は別だけどな」
と、少し冷静さを取り戻した少年に言い聞かせた。
そして、未だ冷たさが残っているミネラルウォーターを手渡し、一口飲ませた。
少年の顔は、みるみる血の気を取り戻してきた。
「多分、逆上せただけだ。それに、成長期の男の子は、誰だって意味なく鼻血が出るものさ。俺だって、といっても半世紀も前だが、寝ている間にも鼻血が出たものさ」
と、私は少年に言った。
 
もう一口、ミネラルウォーターを少年に飲ませた私は、予備のマスクを手渡しながら、
「いいかい。鼻血を止めようとして、上を向いたり首の後ろを叩いたりしちゃダメだぞ。それに、鼻にティッシュを詰めるのも良くはない。鼻に空気を通して止血するのだ」
と、言い聞かせた。
少年は、解かったと言わんばかりに頷いた。
 
私は少年に予備のティッシュを取らせ、新しいマスクを付けさせた。
飲み差しのペットボトルと、鼻血まみれの赤いマスクやティッシュを捨てた袋も持ち帰る様に伝えた。
これで多分、少年の母親も心配せずに済むと思ったからだ。
少年は健気にも、
「有難う御座います。今度、マスクを返しに来ます」
と、言い出した。
私は、
「そんなこと気にしなくていい。それより、日陰を選んで帰るのだぞ。そして、御母さんにちゃんと説明しろよ」
と、言ってやった。
 
少年は、何度も御辞儀をし、恐縮しながら私から離れて行った。
私は、江戸っ子の御節介も時には役立つものだと自負していた。
 
 
数日後、私の駐車スペースに小さな紙袋が置かれていた。中には、不織布マスク一箱と、ボックスティッシュが入っていた。冷えてはいなかったが、500mlのミネラルウォーターも入っていた。
更に、達筆な自筆で書かれた御礼の手紙が入っていた。多分、母親が書いたのだろう。
名字だけの署名が有ったが、住い迄は解らず仕舞いだった。
 
それでも、私の誠意が通じた様で、一先ず安心した。
 
 
その後、赤いマスクの少年を見掛けることが無かった。
夏休みも終わったので私は気になり、同じマンションに住む女子中学生に、彼を知っているか尋ねた。彼の名字は解かっていたので、その娘は、
「あぁ、○○君なら、二学期から転校したよ。どこへ引っ越したかは、解らないなぁ」
と、呆気なく答えてくれた。
 
 
『そうか。彼と会ったのは、ピンポイントだったのか』
私は、本当の夏の終わりを感じ、物思いにふけってしまった。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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