メディアグランプリ

産まなければよかったと言われたら


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記事:岩間愛(スピード・ライティング)
 
 
「お前なんか、産まなければよかった」
ドラマで聞きそうなこのセリフを浴びたのは高校3年のときだ。
よくよく考えると、親が子に対して放てる一番の攻撃力を持った言葉ではないだろうか。使える人と受け取る相手は限られていて、存在を根本から確実に否定できる。「死」を勧める言葉よりも深く刺さる、静かで恐ろしい言葉だ。
 
発端は高校卒業後の春休み、バイトと嘘をついて友達と遊んだ日だった。
門限20時を、親との交渉なしに22時まで延ばせる便利なシステムを使っていた。年々厳しさが増していく我が家だったので、交渉を通さない方が省エネなのだ。家のルールというものはつくづく難しい。罪と罰が世間一般的ではないことを子供が知ってしまうと、一気に効力を失うのだ。
 
今回は自転車を勝手に使ったことが敗因で、親が自転車を戻すようバイト先に電話をかけたことで嘘がバレた。この文章から伝わるように、親に対する罪の意識は微塵もない。「親が面倒だから嘘を吐く」が板についていた。
 
当然親はキレた。その電話でバイトは辞めさせられていた。これは大袈裟なことではなく、想定内である。携帯電話には100件を超える、狂気とも呼べるほどの着信履歴と留守電が入っていた。
 
「門限2時間伸ばしただけでなんで……」
私の言い分はこれしかない。帰宅すればボコボコに殴られるのは確定。だが、痛いのはなるべく避けたい。怒りのメッセージもできることなら聞きたくない。恐ろし過ぎて助けを求めた友人の家で、見守られながら親に電話をかけることになった。
 
たぶん、叫ぶように放たれる怒りの言葉を長時間浴びただろう。すでに決まっていた大学進学の破棄を告げられたこと以外の記憶は残っていない。これは単なる脅しかもしれないが、保証はどこにもないのである。未成年であることの無力さと、親という絶対的な権力だけは理解していた。1%でも可能性があるなら阻止しなければならない。
 
結果的に、私は友達の親を巻き込み、先生を巻き込み、教育委員会を巻き込んだ。実際やったことといえば、大学に行きたいから助けて欲しいという主張だけである。その後親に何があったのかはまったく知らない。
 
大人しかった国民が次第に言うことを聞かなくなり、更には暴動を起こすというストーリー。どこかで聞いたことがありそうなこの物語が私の子供時代である。「産まなければよかった」と言わせるまでに親を追い詰めた事実は変わらない。
 
物心つく頃には、お互いに信用がない状態しかなかった。この関係性には私も親も堪えていた。私は成績が良い子なだけで、まったく良い子ではない。中学までは怒られる度に泣いて許しを求めていたが、高校生にもなると親との交渉に疲れてだいぶ冷めていた。いろいろと諦める方が楽だったので、部活も人間関係も進路を志望することも手放した。親の都合で制限される理不尽さがとにかく無理だった。
 
親は私をとにかく制限し続けた。なぜダメなのかと聞くと、信用がないからとしか言われない。散々ダメ出ししても最終的に望みを叶えてくれることもあったが、そういうのは本当に求めていない。早々に関係性を諦め、嘘吐きな娘が見事に完成した。数打ちゃ当たる下手な嘘を私は選ぶのだ。
 
今思うと、親はただ安心が欲しかったのではないか。
厳しさでコントロールできた時代はとっくに終わっており、当たり前のように親を欺く娘に育ってしまった。禁止しても、閉じ込めても、痛い目に合わせても思い通りにならないのである。とはいえ他に選択肢もなく、怒り感情をぶつけることしかできないのだ。
 
親は一体どんな気持ちで私を見ていたのだろう。
あのセリフを放った親の表情は鮮明に覚えている。完全に敵に向けるものだったと思う。あまりにも強すぎて、何も感情が湧いてこなかった。悲しいのか、辛いのか、未だ自分の本音は見えてこないままだ。
 
客観的に考えたら、たぶん、いや絶対に言わない方がいい言葉の一つ。言わせずになんとかできたのかは正直わからない。子供側が考えることなのかもわからない。
私が思うに、「今が苦しすぎて全部リセットしたい」という感情が根っこにはあるだろう。「人生をやり直したい」の言い換えだと思うと、思った以上に身近なセリフとなる。
 
「親ガチャ」という言葉を知っているだろうか。
子どもが親を選べない状況を、スマホゲームのガチャに例えたものである。「良い親の元に生まれることができたかどうか」といった意味で使われる。「産まなければよかった」に勝てる言葉がついに生まれたんだなと、私は感心してしまった。
 
親も子も、とにかく余裕がないんだなって思う。
 
あの日から、私の中で親は他人になった。これは悪い話ではない。
他人という距離感のお陰で、親をひとりの人間として捉えられるようになった。何年生きていようがそれぞれいろんな形で悩みを持ち、それをどうにかしながら生きるのが人間だ。親と同じくらいの大人たちと交流を持つようになってからわかったことだ。
親も「人の子」なのだ。私は人の子の子、という立場ではあるけれど、そう思えるようになったらなんだか親が可愛く感じられた。権力を持った王は存在しない。
 
だから、もし同じようなセリフを言われても、
「生まれちゃったから仕方ないよね〜」と私は笑うだろう。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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