夢、覚えてますか?
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記事:田口ひとみ(ライティング・ゼミ12月コース)
人は誰もが夢を見る。
将来のあるべき姿とか未来の展望とか、そういう類のものではなく、眠っている時に見る夢のことだ。
夢を見ることで記憶や感情を整理している、という説もあるくらいだから、恐らく人間の脳にとって夢、というのは重要な働きをしているに違いない。
だけれど、眠っている間に見た夢は、朝起きてしばらく経つと忘れてしまう。
3日前のお昼に何を食べたか思い出せないのと同じように、よっぽど印象深い夢でない限り、それほど深さのない私の記憶のボウルからはこぼれ落ちてしまう。
人が夢を見るのはレム(REM = Rapid Eye Movement)睡眠という眠りが浅い時間帯と聞いたことがあるけれど、どうやらそうでもないらしい。ひと晩に何度も押し寄せる眠りの波の中、レム睡眠が20分以上続いた場合に夢を見る、というのが最近の説のようだ。さらに、眼球が動いている時に夢を見ている、というのもそうではないということがわかってきたのだそう。
このように、人間にとって大事な睡眠の研究は日々アップデートされていて、個人的には大変興味深いのだけど、夢……
あなたにとって夢とはどんなものだろうか?
私は夢をよく覚えている。夫に言わせると、私が見る夢は妙にリアルでストーリー性があって珍しいのだそうだ。夢というのは、ちょっと現実離れしていて物語調なのが当たり前だと思っていたから、そう言われて驚いたのだが、何よりも夢の中のできごとを起き抜けに話し始める私を見て、隣にいる夫はとにかくビックリするのだそうだ。
夢のできごとを朝一番に話し始めるようになったのは、いつの頃からかわからない。
目覚ましが鳴るか鳴らないかくらいの、目が覚めているのに夢からは覚めていないような虚ろな状態から、目が覚めたことを自覚させるように語ることで、早く1日をスタートさせようという、私にとっては朝の目覚めの儀式のようなものだと思っている。
でも、想像してほしい。それまで高いびきをかいて寝ていた人が、急にパチリと目を開き、ある時は
「昨日の弾き語りが最高でさ。やっぱり星野源ってすばらしいよねえ。ツアーバスで、地方について行ったんだけど、泊まる場所がお寺でね。境内で焚き火しながらギター弾いてくれて、まるで夢のような光景……」と語りはじめる。いや、間違いなく夢なんだけど。
またある時は
「きゃー、どうしよう。別所哲也にプロポーズされちゃった! 夫がいるからってお断りしたけど、まだドキドキしてる……」などと顔を赤らめてのたまうのだ。
本当に、いい迷惑だよなと我ながら思う。
そういう夢を見る時は、たいがい「ああ、自分は今夢を見てるんだな。うん、これは夢だ」と認識しているのだけど、夢から覚めたくないからなのか、その夢を覚えていたいからなのか、ついつい語り出してしまうことが多い気がする。
ちなみに、夢を見ていることを意識している状態の夢を明晰夢というそうだ。明晰夢とは、脳が半分覚醒している状態で、その夢をコントロールして現実世界の恐怖を克服したり、良い結果をイメージトレーニングする、ということにも使えるんだって。
兎にも角にも、私の奇妙奇天烈な夢見語りは日々続くのだけど、きっとこういう半覚醒状態の時のはっきりとした記憶が、夢のお告げとか夢枕に立つ、なんてことに繋がるのかもしれないが。
さて、夢をよく覚えている人とそうでない人には、性格が関係しているということがわかっている。自分の心の動きに敏感な人や、身長でネガティブ思考の人、夢そのものに関心が高い人は夢をよく覚えているのだそう。
あるいは、芸術家や発明家など、夢から何らかの着想を得たいと思っているような場合、夢をよく覚えているという。これは明晰夢のように夢をコントロールしようとしているから、記憶に残ってしまうということでもあるのだろう。
一方で、せっかちな人や暢気でマイペースな人はあまり夢を覚えていないらしい。どうりで、せっかちが服を着たような夫から夢の話を聞くことは、ほぼない。
ところがある日、珍しく夫が夢の話をしはじめた。
明け方に見た夢の中で、女の子が佇んでいた。その女の子に近づいていくと、どうやらマンションの同じ皆に住む山口さん(仮名)の家の子どものようだ。そして、その女の子はもじもじしながらこう言った。
「お母さんが、謝りたいんだって……」
どうして、女の子が謝るのでもなく、お母さんが謝りたいと言うのだろう? と不思議に思いつつ、何かあったのかな? とぼんやり考えながら目が覚めたそうだ。
いつもの通り玄関を出て、マンションの通路を通り過ぎた時、昨晩帰ってきた時にはまったく気づくことのなかった壁の文字が目に留まった。そこには、夢にでてきたその女の子の名前が刻まれていたのだ。正確にはその子のフルネームと、もう一人、男の子のフルネームがあり、その上からぐちゃぐちゃと消したような跡があった。
男の子は違う階の川田さん(仮名)の家の子で、近くにABCとかくまちゃんの絵もあったから、たぶん仲良しのふたりが壁に刻んだのだと思われた。落書きなんて、誰もが一度は通る道。なんとも微笑ましい光景ではあるけれど、一応、共用のスペースだから管理人さんに連絡して「子どものいたずらだから、仕方ない。大事にしない方がいいよね」という話に収めたそうだ。
きっと謝りたかったのは、その女の子だったんだよ! と興奮覚めやらぬ感じで、わざわざ出勤途中にもかかわらず電話をかけてきた夫。もともと勘の鋭い人ではあるけれど、不思議なこともあるもんだ。その夜、山口さんのご主人が、落書きのお詫びの電話をかけてきた。女の子はお母さんにひどく叱られ、かなり落ち込んでいたとのこと。
彼女の謝りたいという思いが強かったのか、夫の感度が高かったのかはわからないが、ごめんなさいという気持ちは、夢のお告げとなってよその家のおじちゃんにキャッチされてしまった。
そういえば、震災の前に、津波や地震の夢を見ていた人がたくさんいたという話を聞いたことがある。もしかすると、自然の異変や人の思いなど、浮遊している思念や波長をキャッチする力が人には備わっているのかもしれない。
そう考えると、夢を覚えておく、ということが何かの役に立つこともあるのではないか?
幸か不幸か私が見る夢は奇天烈ではあるけれど、そのようなミステリアスさは微塵もないから、これからは、何かに備えるべく、夫の不思議な夢の話をなるべく聞き出そうと心に決めたのだった。
***
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