こんな大事なものが全部タダだなんて
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:やまの とこ (ライティング・ゼミ 12月コース)
こんなに大事なものなのに、全部タダじゃないの。こんなことにも気が付かなかったなんて。
週末夕飯を食べながら、夫が言った。
「ほう、こんな贅沢なユウメシってなかなかないぜ。幸せなこった」
今日の食材は、野菜もお米も、半年かけて私が育てた。借りた田んぼと畑で、自分で収穫した大地からの恵みだ。
「贅沢なユウメシ」を構成するもの。
ちょっと考えてみたが、すごい! 全部タダじゃないか!
一緒にご飯を食べる人との関係性、向き合って座ってゆっくり食べられる時間、こうしていることが贅沢だと感じる気持ち、その気持ちを表す言葉。そして、メインは私が育てた野菜とお米。
ふたりで野菜のオーブン焼きを囲む。ズッキーニ、ナス、ヤングコーン。厚めに切って、パン粉とパルメザンチーズを振りかけて、オリーブオイルをひと回し、200度のオーブンで20分。仕上げにちょっとだけニンニクを効かせた。
口に入れるとチーズの塩みで野菜の甘みが引き立ち、オーブンで焼いただけなにの、野菜に含まれている水分量でスチームがかかって、中はホクホク、外はカリッと焼けている。絶品だ。
野菜は全部、夕暮れに畑から採ってきたものばかり。それだけでも格別だ。
スーパーのものとは違って一度もトラックに載せられていないし、冷蔵庫にも一回も入っていない。これ以上ないってくらい新鮮だ。
お米は、土鍋で炊いてみた。古代米と大豆をまぜて、日本酒と塩をかくし味に入れて一晩おいた。古代米の紫色が溶けて出て、全体が着色されてきれいな桜色に炊き上がった。お酒を入れたのは正解だった。お米がしまって、ピッカピカだ。薄い塩味でこのままおにぎりにしたら何個でもいけそうだ。
自前のお米。一から教えてもらいながら初めて田仕事をした。苗床作りから、田植え、稲刈り、脱穀、精米まで、田んぼが持つ力と先人たちの知恵に、ただただ感服した半年間だった。
「贅沢なユウメシ」を食べおわり、お腹も心も満たされて、私も夫に同感だ。
「幸せなこった」
無性に体を動かしたかった。
その頃の私は、あっちこっちで八方塞がりに追い詰められて、できることならどこかに逃走したい気分だった。ぎゃーと大暴れして、体と心に溜まったストレスを徹底的に吐き出したかったのだ。
ジムでインストラクターとズンバを踊っても、ヨガもストレッチも筋トレも、果たして自分にとってどんな意味があるものなのかと、疑問を持った。体を動かしていても、心が動かない。放出したエネルギーが、ただの汗に変換されるだけに思えてつまらなかった。
ジムのエクササイズのかわりに、何か別の方法で体と心を動かしたかった。自分にとって価値があると思える汗をかきたかった。
何か心から打ち込めるもので、一生懸命に体を動かしたい。私にできる力仕事が何かないだろうか……
……畑仕事。農作業はどうだろうか。
思い切って、前から気になっていた棚田の保存会に入会した。私に使わせてくださったのは、一番上の段、畳10枚ぐらいの広さの田んぼが2枚。
さらに、里山管理のNPOから畑も借りた。メンバーだった外国人研究者の帰国が決まったので、代わりを探していたそうだ。タイミングよく私が彼の畑の区画を継承することになった。不純な動機だったが、おコメ作りと野菜作りデビューだ。
まったくの初心者で、「ボランティア活動に参加」だなんておこがましく、言われたことさえできるかどうか怪しかったが、自分の田んぼと畑があるということだけで、ワクワクが止まらなくなった。始めてみたら、田んぼも畑もすばらしく魅力的で、逆に私を支えてくれた。助けてもらっているのは私のほうだった。その場所は、心から没頭して汗を流すことに、十分に値するところだった。
週末のたびに、棚田の里がある山に向かう。
そこは、人の生活圏のデッドエンド。山から湧き出る水を、人間が受け継ぐ境界。降った雨が100年以上かけて、地上に出てきて、小さな流れが始まるところ。まさに、最上流階級。すぐに、私にとって、全てがリセットできる場所になった。こんなに真剣になったことは久しぶりだった。
畑は、前の人が育てていた名前もわからない野菜のこぼれ種が、次々に芽をだしてきて大豊作だった。田んぼは、収穫直前、イノシシの襲撃を受けて、見事にもてあそばれてしまった。私の完敗。
土は、信じられないくらいずっしりと重く、水は、水路を掘って誘導しても思うように走ってはくれない。
里山には、さらさらと風がわたり、流れてゆく雲が田んぼに映り、驚くほど大きな夕日が畑の向こうに沈む。
思いっきり体を使って清々しい。さらに心は日本晴れ級にスッキリ。
しかも流した汗が無駄にならずに、文字どおり糧となって戻ってくるではないか。この汗の成果は、最終形がお米と野菜! すべてが私の想定を軽く超えた。
大事なことがわかった。
夢中で作ったこのお米と野菜を一緒に食べる人が、私にはいることに気づいた。
誰と何をどういう風に食べるかは、決してありきたりの当たり前のことではないと悟った。自分で計画してコントロールできることばかりではなく、偶然の仕掛けも働かないと完結しない。だから、どんなに欲しいと思っても、同じものは手に入らない。貴重なめぐり合わせ。
夕飯の食卓で、心のなかで、夫にちょっと聞いてみた。
答えがすぐに知りたいわけではない。
「今日のこのお米と野菜は、いつでも食べられるものだと思う?」
「いったいあなたは、これを、誰と食べても同じだと思う?」
さて、お米と野菜がなんとか作れるようになったら、次は、憧れの猟友会の門を叩こうかと迷っている。もし、ある日私がイノシシを担いで帰ってきたら、夫はまた言うだろうか。
「こんな贅沢なユウメシってないぜ」
光 土 雨 風 人 言葉と気持ち。
こんな大事なものが全部タダだなんて。どうして今まで、気がつかなかったんだろう。
***
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