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メディアグランプリ

ひとに惹かれて買う、珈琲豆


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:中村亜紗子(ライティング・ゼミ京都会場)
 
 
「僕ね、もともとシェフだったんです」
 
愛知県の実家に帰省した折、兄の知人がコーヒー豆のお店を始めたらしい、と義姉が買ってきたばかりの豆でコーヒーを淹れてくれた。
いつも通り実家の使い込まれたコーヒーメーカーで淹れたそのコーヒーがあまりに美味しくて、翌日京都へ戻る前にお店に行ってみることにした。
 
もともと深煎りの、しっかり濃い目のコーヒーが好みのわたし。以前と比べて京都でも、コーヒー豆にこだわりを持つコーヒー屋さんが増え、美味しいコーヒーを口にする機会が俄然増えた。好みの味を選ぶことが出来るそんなコーヒー屋さんでは、大体「濃いめ」「しっかりめ」と表現された豆を選ぶことが多くて、「フルーティ」「酸味強め」と表現される浅煎りや中煎りの豆は敬遠しがちだった。
 
義姉が淹れてくれたそのコーヒーは、見た目からも煎りが浅め、そして口にした途端に華やでフルーティな香りがふんわりと鼻に抜けていった。何これ、とても美味しい。コーヒーはどっしり、パンチのある骨太な味で挑んでこいよ!と思っていたわたしの固定概念ならぬ「コーヒー概念」をヒョイっとひっくり返してくれるような軽やかな美味しさ。豆の入った袋を見たら「エチオピア」「中煎り」と書いてあった。エチオピア、いいかも。エチオピアという国に関する知識は一切ないが、「エチオピア豆」は自分の好きなものの引き出しに仕舞われた瞬間だった。
 
翌日、地図を頼りに向かったそのコーヒー豆屋さんは、まだ新しい家が立ち並ぶ住宅街の中にあった。オープンして1か月ほど、お店自体もまだ新しい。ようやく春めいてきた気候に合わせて開け放たれた入口の扉をくぐると、車椅子に乗った店主らしき男性が口をモグモグさせながら「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた。お昼過ぎ、ちょうどお客さんの足が途絶えた合間の手短な昼食時間に、わたしは入店してしまったらしい。ごめんなさい、僕ちょっとパン食べてて、と笑いながら言われたので、いえいえこちらこそお昼時にお邪魔します、と返答する。初対面だけど最初からくすくす笑いの挨拶で始まったわたしたちは、一気にアイスブレイクが完了する。
 
昨日兄夫婦が買ってきてくれたコーヒー豆の味に感動したことを伝えると、3種類買ってくれたのだけどどれのことかな、と逡巡する表情になった。昨日来たお客さんの買い物内容を覚えているところに、サービス精神の旺盛さを見たようで感動する。知人だということを加味しても、お客さんを大事にする意識がないと出来ないことだから。
 
もともと深煎りの濃いめが好きだけど、昨日のエチオピアが素晴らしくて、と伝えると、わたしの好みそうな2種類を味見させてくれた。そのコーヒーを淹れてくれている間に、コーヒー屋さんを始めた経緯を話してくれた。そこで出てきたのが、冒頭の言葉。
 
もともとフランス料理のシェフとして全国を渡り歩いて働いてきた。限られた時間の中でお客様を待たせないように仕上げていく料理、時間に追われるように働き続けたら、ある日倒れてしまった。脳にウィルスが入り昏睡状態に、意識不明の状態が2カ月間続いたという。その後、以前より体の自由が利かなくても働けるようにと、料理を作る側から教える側に転向したそう。料理の世界、華やかで幸せを提供できる仕事だけど、きっとどこか作り手の体力に依存する部分も大きいんだろうなと、話を聞いていると感じる。
 
「ずっと時間に追われて仕事をしてきた、でも体の自由が利かなくなってひとの時間軸に合わせることができなくなった。コーヒー豆のお店は決して儲かる仕事じゃない、けれど時間配分を自分軸で決められるのが魅力なんです」
自分の時間を他人軸に合わせていたら強制終了がかかったかのような、店主のこれまでの歩み。方向転換を強いられた先には、自分軸で生きられる仕事に出会えたのだとしたら、人生には必要なことしか起こらないというのは本当のことなんだなと思えてくる。
 
わたしが感動したエチオピアの豆は、焙煎後に時間が経つほど熟成して味に深みが増すらしい。煎りたてが一番美味しい、という一辺倒なイメージしかなかったわたしには目から鱗な情報だったし、精製方法の「ナチュラル」は言葉の通り採集したコーヒー豆をそのまま乾燥させたもの、「ウォッシュ」は採集後に一度洗いにかけること……だからもちろん、ナチュラルは豆の味の複雑さが際立つし、ウォッシュはさっぱりキレのある味になるし、といった目にはしてきたけど気にしてこなかったコーヒー豆情報も教えてもらう。そんな話を聞くと、コーヒー豆を栽培している遥か彼方の国にまで想いを馳せられて、さらに摘果後に想像以上の人びとの手を経てようやく、このコーヒー豆になることに感謝の気持ちも湧いてくる。家で飲む一杯のコーヒーへの向き合い方までもが変わるような気がする。
 
コーヒーの世界って面白い。
でも、そう思えたのはコーヒー屋さんからコーヒー豆の情報を仕入れたからだけでは、ない。そのコーヒー豆屋さんのこれまでの人生、人となりも含めて、どんな想いを含めてこのコーヒー豆が店頭に並んだのかを聞いたから、なのだと思う。
 
ネットショッピングで注文したものが、翌日か、下手したら当日には手元に届いてしまう便利な世の中。けれど、結局誰から買うのか、対面のコミュニケーションだからこそ得られる、購入後の幸福感というものが確実に存在するのだ。今朝早速、エチオピアと共に味見させてもらった濃いめの「ブラジル」を自分だけのために丁寧に淹れて、これには断然焼き芋でしょ、と甘苦スパイラルの渦に酔いしれながら、心底そう感じている。
 
 
 
 
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2023-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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