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18歳、小児がんサバイバーに春がきた

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記事:鈴木結美子(ライティング・ライブ名古屋会場)
 
 
「……先生、これ……、薬が効かなかったら、どうなるんですか」
 
MRI画像の脳の真ん中に、白くはっきりと腫瘍が見える。
 
「お母さん、その場合は、医学ではなく宗教と哲学の世界になります」
 
治らなかったら、医学でできることはない……。
 
当時息子は10歳。
風邪1つひいたことがなかった。
ある日突然、小児がんだと告げられた。
 
「治療が終わっても、普通学級に戻れないと思ってください」
「将来、働くことは難しいかもしれません」
 
脳外科の先生からの穏やかだがはっきりとした言葉が続き、鏡を見なくとも、自分の顔から色が消えているのがわかった。
 
 
あの日から8年がたった。
 
我が家には「小児がんサバイバー」として成人し、元気に生きている息子がいる。
 
みなさんは「小児がん」と聞いて、何を思うだろうか。
重いイメージかもしれない。
でも、入院生活を振り返ると、息子は楽しい半年間だった、と言う。
治療は大変だったけどね、と笑う。
 
小児がんは、日本で1万人に1人。
息子の「胚細胞腫瘍(はいさいぼうしゅよう)」は10万人に1人だという。
 
「がん」という響き。
あらがえない強さがある。
 
「小児がん」と「大人のがん」には大きな違いがあって、小児がんは薬の効果が出やすい。
 
息子の脳腫瘍は、確立された治療方法があり、ありがたいことに抗がん剤がばっちりときいた。
4回の抗がん剤でみるみる腫瘍は小さくなり、最後「脳外科で1番難しい手術の1つです」と先生のおっしゃる開頭手術も乗り越えた。
 
でも、抗がん剤治療は辛い。
 
入院期間中、母子で病院で暮らしていたから、たくさんの親子と出会った。
子どもたちは澄んだ美しい、そして達観した目をしている。
そうならざるをえないんだ。
 
「心が大人にならないと、厳しい治療に耐えられないんですよ」と看護師さん。
 
見た目は子どものまま、心が先に大人になる。

治療中、起きている間中気持ちが悪く吐き続けているのに「世界が平和になるといいね」なんて言ったりする。
 
とはいえ、入院したから苦手だった注射が平気になるわけではないので、毎日の採血や、MRIの度の造影剤注射が嫌で、逃げ出したり、泣いたりわめいたりの抵抗がすごかった。
 
先生がいまだ会うたび「あの時の息子くんは手強かったからなぁ」と笑い話にしてくださるが。
抗がん剤でボロボロになった血管への注射は、なかなかうまく刺さらないことも多くて、痛くて怖かったに違いない。
 
抗がん剤や放射線治療は、良い細胞も悪い細胞も一緒にたたく。
だから、入院していた半年間、息子は1ミリも身長が伸びなかった。
 
1年で10センチは背が伸びる成長期。
何センチだかの失われた身長は、後から伸びることはない。
 
半年で5回、抜毛も経験した。
 
そんな強い治療を終え、院内学級、看護師さん、お医者さま、数多くの方に支えられ、息子は退院を迎えることができた。
 
結果、なぜ、最初に告げられたような強い後遺症が出なかったのか。
 
放射線の照射回数を減らしてもらった。
 
抗がん剤治療の後、予防のために、脳に放射線をあてる。
息子の病気を調べ、論文をかたっぱしから読んでいくと、聞いていた放射線照射回数より、少なくて大丈夫だというものにいき当たった。
 
再発を防げて、後遺症を最小限におさえるぎりぎりのライン。
先生にかけ合って、院内で協議の後、その大学病院で初めて、照射回数を減らした事例になったと聞いた。
 
 
半年の治療を終え、退院したが、入院生活で筋肉がなくなり、免疫が落ち、体力がない。小学校の登下校で疲れ、泥のように眠る。
 
毎月の検査が3ヶ月に1度になり、年に2度が1度になり、治療から5年たったころ高校生となった。この頃やっと、心身ともに「完全寛解」と言える状態に。
 
それでも発症前と、治療後と、やっぱりちょっと雰囲気が変わった。
やる気が出ない、物事が続かない、コツコツとした記憶が特に苦手になったように思う。
 
元からの性格なのか、後遺症なのか。
本当にがんばれないのか、甘えか。
脳の中は見えないから、わからないのだ。
 
 
ただ1つ
 
「生きていてくれればそれで十分」
 
という想いで育てる。
 
もし、あなたがこれからの人生で小児がんを克服した「小児がんサバイバー」と出会ったら、どうか「かわいそう」と言わないでほしいと思う。
 
精神的、人格的に成長する経験をした「強い人」だと思ってもらえたら嬉しい。
 
 
息子は先日、大学受験を終えた。
 
病気をしてから、息子が自ら何かに取り組み、こんなに頑張ったのは初めてだった。
 
私立の第一志望には縁がなかった。
大本命の国公立前期も受からなかった。
 
だけど、後期試験までの数日の、息子が見せた集中力はなかなかのもので、挽回難しくダメもとだった後期試験で合格することができた。
 
2023年3月22日の正午。
日本中がWBCの優勝にわくころ、我が家に桜が咲いた。
 
明日は年に1度の検診の日だ。
私がついていくのも、これが最後かもしれない。
 
小児がんサバイバーに春がきた。
どうか末長く、健やかで。
 
 
 
 
***
 
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