「きよしのズンドコ節」を踊るのは医師の仕事か
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記事:平沼仁実(ライティング・ゼミ4月コース)
医師だと名乗ると、大抵「専門は何ですか?」と聞かれる。
このお決まりの質問に、私はいまだに一言で答えることができない。
私が答えた後に、「それ、何ですか?」と聞き返されるのが分かっているから。
半ば諦めながら、ためらいながら「家庭医療です」と答える。
するとやっぱり「それ、何ですか?」と聞かれる。不可解そうに、本当に「何それ?」というような顔で。
その度に私は、少し寂しいような、切ないような気持ちになる。
子どもから高齢者まで、とにかく何でも診る。まずは何でも相談に乗る。
病気だけでなく、そのひと全体、家族や生活背景、地域まで診るのが、家庭医療だ。
私は家庭医療が専門の家庭医として、外来の他に、訪問診療を行っている。
訪問診療では、通院できない患者の家や施設に、医師が定期的に訪問して診療している。
「往診」という言葉の方が、耳馴染みがあるかもしれない。
訪問診療の場は、まさに患者にとってのホームだ。
アウェイである病院とは逆に、訪問診療では、患者のホームに医師がお邪魔する。患者がホストで、医師がゲストともいえる。
そこでは病院とは少し異なる関係性が生まれる。医師との距離はより近くなる。病気のことも、病気以外のことも、診察室よりも話しやすくなる。
「先生にこんなこと聞いていいのかしら」と言いながら、スマホの使い方を聞く高齢者。
「先生じゃなくてお友達とお話しているみたい」と言いながら、趣味や昔の話をしてくれる人もいる。
訪問診療は、「暮らし」の場で行われる。
置いてある本、飾ってある写真……。どんなものが家の中にあるか。
リビング、寝室、トイレ……。家の中のつくりはどうなっているのか。
そこで目に入るものから、自然と患者の「暮らし」が見えてくる。
どんな人生を送ってきたか。好きなこと、大切にしていることは何か。そのヒントが、「暮らし」の場に散りばめられている。
「暮らし」が見える訪問診療では、病気だけではない、家族や生活背景を含めた「そのひと全体」が診やすい。
訪問診療は、「暮らし」の中の一部であり、医療の占める割合はぐっと少なくなる。
病気や障害をもちながら暮らしている人にとって、病気や治療は生活の全てではない。
優先順位が高いのは医療よりも暮らし。そして暮らしの主役は患者自身だ。
だから医療はそっと傍らにいて、必要な時だけサポートする。出しゃばらないくらいがちょうどいい。
医師の仕事は、医療で「健康」に貢献すること。
「健康」とは、ただ単に病気がないということではない。「肉体的、精神的、社会的に満たされた状態」であることだ。「幸せ」といった方が近いかもしれない。
今の世の中には「医療に対する過剰な期待」があると感じる。からだや心に不調がある時、医療が全てを解決するのが当たり前のような風潮がある。
しかし「肉体的、精神的、社会的に満たされた状態」を目指すとき、医療だけでは解決できないことがある。
家庭医として、背景を含めた「そのひと全体」を診て、そのひとにとっての「健康」、いわば「幸せ」を一緒に探すとき、医療の力だけでは足りないことがある。
訪問診療を行っている、ご主人と暮らす高齢の女性。
病気によって意欲が低下し、家事も外出もできなくなってから何年も経つ。治療として薬の処方を行ったが、一向に状態は変わらない。口癖のように「私は何もできない」と繰り返すばかり。
訪問を続けるうちに、彼女がかつて舞踏を生業にしていたこと、今も毎晩ご主人と一緒に踊っていることを知った。彼女には「できること」があった。
「一緒に踊りませんか」と声をかけたら、嬉しそうな顔をした。
彼女のセレクトで、「きよしのズンドコ節」を踊った。彼女をお手本にして、彼女が付けた振りで。
しっかりとした足取りと、しなやかな手の動き。今までの診療では見たことのないような、生き生きとした表情をしている。見守っているご主人も、一緒に踊る私も、笑顔になっていた。
それからは私が訪問する度、一緒に踊るのを楽しみに待っていてくれるようになった。
家事や外出はできないままだ。けれど一緒に踊りたいという意欲が出るようになった。少しの間、家の庭先に出られるようにもなった。
「できない」ことを、薬で、医療で「できる」ようにするには限界があった。
「できる」ことを後押ししたら、「できない」ままでも、すこし「幸せ」になった。
「それって医療? 医師の仕事なの?」と言われることもある。
たしかにこれは医療ではない。
けれど一緒に踊った彼女が、見守る家族が、そして私自身が、「幸せ」になっていることは確かだ。
だから今日も私は「きよしのズンドコ節」を踊る。
***
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