「お母さん」と呼ばれなかった日
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:平沼仁実(ライティング・ゼミ4月コース)
「ひとつのことをやり終えてから、次のことをやりなさい!」
同時にあれこれ手を出す娘に、いつも口を酸っぱくして言っている。
私はこの春から、新しいことを始めた。
同時に。
3つのことを。
まず一つ目は、新たな職場での仕事だ。
ここでしか学べないことがあり、その学びのために。
期間は1年間。
来年度は子どもたちの環境が変わる。
やるなら今しかない!
通勤時間が倍以上になった。
朝はいつもより1時間早く家を出る。
朝の1時間はとても大きい。
シンクの中に積み重なったお皿を横目に、家事と子どもたちの世話を丸投げして、出発する。
「夫よ、ごめん」
心の中で手を合わせながら。
土曜日出勤もある。
土曜日は、子どもたちの保育園と学校がない。
そして子どもの習い事のハシゴがある。
ただでさえ子どもたちは仲が悪い。
年の差のある異性の兄弟だからか、一緒に遊ぶようなことはほぼない。
むしろ一緒にいると喧嘩しかしない。
そんな手に余る子どもたちを、大人ひとりで1日中相手する。
間に習い事の送迎を2回繰り返しながら。
それを全て夫に丸投げして、私は働いている。
自分の学びのために。
この春から始めたことの二つ目は、ウクレレ。
ある日、知人がウクレレを弾いていた。
その音色と、「初心者でも始めやすい」という言葉に、ピンときてしまったのだ。
やってみたい!
家の中は子どもたちの喧嘩が絶えず、常に荒れている。
「音楽=癒し」「ウクレレ=ハワイ=楽園」とイメージが広がる。
ウクレレを奏でたら、私の気持ちも、家庭内も少しは平和になるんじゃないか。
その日のうちに、自宅近くでレッスンを受けられる教室を検索。
すぐに問い合わせをして、体験レッスンを予約した。
そして体験レッスンを終えて即日、入会。
「ケースにしまわず、いつも目につくところに置いて、毎日少しでもウクレレに触るように」
レッスン初日に先生に言われた通り、毎日ウクレレを弾く日々。
楽しい!
しかし今のところ、家庭内は特に平和にはなっていない。
そしてこの春から始めたことの三つ目が、天狼院書店のライティング・ゼミの受講だ。
きっかけは、たまたま複数の友人が、このゼミを受講していたこと。
ちょうどその頃、仕事で上司と一緒に本の執筆をする機会があった。
初めての経験で自信がない中、10年近くの付き合いでこれまで一度も褒められたことのないその人に、「意外と書けてるじゃん」と言われ、書くことに関心が向いていた。
このゼミ受講したい!
その日のうちに申し込みをした。
ライティング・ゼミでは、毎週2000字の記事を書いて提出する課題がある。
書き慣れない私にとってはとても大変なことだ。
ネタ探しに数日、書くのに数日……。
あっという間に1週間が経ってしまう。
最近はこのことで常に頭の中がいっぱいになっている。
記事を書けるのは、子どもたちが寝静まった夜しかない。
子どもと一緒に私も寝落ちしてしまっては困る。
だから、寝かしつけも夫に丸投げだ。
心のおもむくままに、勢いに任せてやりたいことを始めた。
「今しかない!」というタイミングが重なり、同時に3つのことを始めることになった。
1週間が秒で過ぎていく。
曜日感覚が失われていく。
風邪をひいた。
その風邪が治りきらないうちに、また風邪をひいた。
夕方になると強烈な睡魔に襲われ、寝かしつけどころか、家事も子どもたちの世話も全て放棄する日もある。
「ひとつのことをやり終えてから、次のことをやりなさい!」
いつも娘にかけている言葉が自分に突き刺さる。
子どもたちも夫も、みんなが寝静まったある晩のこと。
私はその日も、締め切りの迫ったライティングの課題に頭を悩ませていた。
「わーん!」
息子の泣き声だ。
様子を見に行こうと寝室に向かっていると、何かを呼ぶ声が聞こえる。
「……さーん! お……さーん! おとーさーーん!」
おとうさん。
はっきりと、そう聞こえた。
なんだか少し寂しい気持ちになりつつ、リビングに戻ろうとした時。
今度は娘の部屋から声が聞こえた。
「お父さん! お父さん! あのね……」
その日子どもたちふたりが夢の中で呼び求めていたのは、母ではなく、父だった。
仕事と家族と自分。
どれもとても大切だ。
けれど時間は限られている。
どれか一つの比重が大きくなれば、他にしわ寄せがくる。
「1日25時間欲しい」
小学生の時、担任の先生が学級通信に書いていた言葉をふと思い出した。
いつも背筋が伸びている、優秀な先生。
その言葉の意味を、あの頃はよく理解できなかったけれど。
今思えば、先生にも子どもが二人いた。
仕事と育児。
先生も「働く母」として苦労していたのかもしれない。
「先生」として、「母」として、そのバランスに悩んでいたのかもしれない。
30年前のその言葉に「あなただけじゃないよ」と励まされたような気持ちになった。
時間は限られている、だからこそ。
今度の休日は、子どもたちと思いっきり遊ぼう。
夫に感謝の気持ちを伝えよう。
仕事も、ウクレレも、ライティングの課題も、いったん脇に置いて。
***
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