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嘘は童謡


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記事:かねこけし(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「どうしてそんな嘘をつくの!」
この言葉を言ったことがない、言われたことがない、という人はおそらくいないだろう。
子供の頃、嘘をつくと、やがてどこかでつじつまが合わなくなったり、ばれてしまい、親や先生に叱られたものだ。
大人になる途中で「嘘も方便」という言葉を覚えた。物事をスムーズに進めるため、手段として嘘をつくことも必要、との意味だ。
素直で正直なのはいいことだが、いつでもどこでもそれが通用するほど世の中は単純ではない。
嘘をつくのはいけない、とは分かっている。
しかし、何でもかんでも正直に伝え、相手は納得したとしても、自分がそのたび傷つき自分を否定し続けるのはおかしいと思う。
時には、自分を守るために嘘をつくことがあってもいいと思う。
 
私自身もつい十数年前まで、家族関係の嘘をついていた。
小学生の頃、父親が家を出て、母子家庭状態となった。
当時は学校から全生徒に配布される名簿に、保護者名と職業が載っていた。専業主婦で無職の母親が名簿に掲載され同級生から(かわいそう……)と、憐みの目で見られるのが嫌だった。母もそのことをとても気にしていた。
なので、高校卒業時までは、同級生に両親と一緒に暮らしていると言っていたし、私の結婚式で母親役をしてくれた父の再婚相手のことを、実の母だと言い通した。
実母がこの世を去り、もはや嘘をつき続ける必要がなくなったが、今さら本当のことを話しても「だから?」と言われて終わりだと思うので、そのままにしている。
 
嘘をつく時、性格が影響するのか、人生経験によって個人差が出るのかわからないが、嘘をついてもすぐばれる人もいれば、うまくつき通して墓場まで持っていく人も出てくる。
どうせつかなきゃならない嘘ならば、単なる手段としてだけではなく、相手を思いやり、つらさや苦しさを取り除くものにしたいと思う。
 
私は介護施設で働いている。仕事柄、お年寄りとかかわる機会が多い。
目を合わせ笑顔で言葉を交わして距離感をはかりつつ、さりげなく身体に触れたりしてコミュニケーションをとることが多い。
しかし、そのような手法が通じない場面がある。
夕暮れ時に「これから息子を迎えに行くんだ」と荷物をまとめて玄関に座り込んだり、突然声をあげて泣き出したり。
 
そんな時は、無理やり季節や行事の話題を持ち出し、童謡を歌ってみる。
 
今、これを書きながら春夏秋冬それぞれ、頭に浮かんだ童謡を並べてみる。
「春が来た」「海」「たき火」「雪」……
うまい下手は関係ない。音痴でも、ちょっとぐらい歌詞があいまいでも大丈夫。
 
とにかく歌うことが大事なのだ。
 
すると、一緒に口ずさんでくれる。
口ずさんでくれなくても、硬い表情が次第に柔らかくなってくる。
 
テンポのゆっくりしたメロディーに、シンプルな歌詞。
歌っている時に見ていた、故郷の風景、暑さ寒さ、やっていた遊び、父、母、きょうだいや友達の面影。
幼い頃から繰り返し歌ってきた童謡。そして、その歌にまつわる記憶は、認知症が進んだり発語の障害があっても深く残っているものだ。
 
童謡を歌って、嫌な顔をされたことはない。
 
歌う合間に昔の記憶がよみがえるのか、幼なじみとレンゲ草をいっぱい摘んで作った花かんむりや、ご主人が漁師で、形が悪くて売れ残った魚が食卓に並んだ、といった思い出話をそれこそ楽し気に話してくれる。
 
お年寄りが童謡を口ずさむ間は、つらさや苦しさが取り除かれている。
 
過去に同じ人に向けて同じ童謡を10回歌い、同じ思い出話を10回聞き、これが11回目で、またあの話か、と思う。
それでも、初めて聞いた話かのように共感する。
 
なぜなら、話している本人にとっては毎回初めて話す大切な、大切な思い出話だからだ。
 
そんなものは一時の気休めで、根本的な解決になっていないじゃないか、と言う人もいるかもしれない。
しかし、世の中にはどうしても解決できないこともある。思い出話に出てきた幼なじみやご主人はこの世にいないかもしれないし、何より思い出話の時代にはもう戻れない。
 
童謡を歌う時、私は嘘をついている。
けれど、やり場のない不安や自分ひとりでコントロールできない衝動に駆られ、叫んで暴れたりせずにいられなくなった時。一曲たかだか数分の童謡を口ずさむだけでいくらかでも救われるなら、そこには大きな価値があるのではないだろうか。
 
単なる手段としてだけではなく、相手に思いやりや楽しみを与え、つらさや苦しさを取り除くもの。そして穏やかさや安らぎを取り戻すためのもの。
 
童謡をとおして、私は慈悲とも呼べるような「方便」としての嘘をつき続けている。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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