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ちぐさは今頃……。


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記事:イモトアヤコ (ライティングゼミ4月コース)
 
 
『名前なんていうの?』
『ちぐさ』
『日本人の女の名前やろ?』
 
と少年は答えた。
 
今からかれこれ25年ほど前、バックパッカーをしていた。
船で上海まで行って2か月ぐらいでアジアをまわっていた時のこと。
 
ベトナムに入ってからは本当に事件の連続だった。
バイクタクシーやツアーの値段のふっかけかたにブチぎれてバイクタクシーから
飛び降りて血だらけになったり、道でモノを売っている商人と値段交渉でケンカしたり、日本人やと思ってなめんなヨ! 的な顔をしてホーチミンの街を歩いていた。
 
ベンタイン市場を歩いていると、日本語でたくさん声をかけられる。
『おねーさーん かわいいね~ 買って~』
『鈴木さ~ん』
誰が鈴木やねん。と心で思いながら、無視して通りすぎていたら1人の少年が声をかけてきた。
 
『コーヒー豆買わへん?』
後ろを振り返ると背の小さな少年がいた。
 
私が手首にジャラジャラつけているアクセサリーを指さして
『これええなぁ彼氏にもらったんかい?』と
言ってきた。
 
あまりに自然な関西弁にびっくりして
 
『日本人?』
と聞くと
『ベトナム人』と答えた。
 
『なんでそんな日本語うまいん?』
と聞くと、
 
 
間をおいて、
『生きていくため』と返ってきた。
なんだかその時とってもその少年に興味がわいて、
いろいろ質問をし始めた。少年は流暢な関西弁で丁寧に答えてくれた。
 
歩道の縁石に座って小1時間いろんな話をした。
自分の話もした。
バックパッカーやっててベトナムでいろいろぼったくられたりしたこと。
お金がないこと。
私みたいな靴も汚くて服装もボロボロな奴に声をかけてもコーヒー豆は売れへんこと。
 
そこから市場を歩いているお金をもってそうで、コーヒー豆買ってくれそうな旅行者を
縁石に座りながら選考し始めた。
 
『ブランドもんのカバン持っるし靴もきれいやん! サングラスもかけてる!』
『あれ! いってこい!』
 
と少年に私は指示を出し始めた。
コーヒー豆は飛ぶように売れた。
 
そんなこんなをしていると、
少年の仲間がたくさん集まってきた。
小学生ぐらいから中学生ぐらいまでの男の子と女の子、
10人ぐらいがわらわら私の周りを囲んできた。
みんな親がお店を出していて、子ども達は客引きの仕事をしていた。
 
少年はベトナム語でその子達に話していたが、
なんだかその内容が不思議と理解できた。
 
こいつお金もってへんから、こいつにはモノは売るなみたいな事を
言ってくれていたと思う。
 
そこからなんとその子供たちは全員日本語で話しかけてくれた。
みんな驚くほど日本語が上手だった。
ほとんどの子どもが学校に行っていないのに、母国語と英語と日本語を流暢に操る。
生きていくためだ。
 
この子達と話しているうちにベトナムでぼったくられたことに腹を立てている自分が
急に恥ずかしくなってきた。
 
そんなとき向こうから歩いてくる1人のホームレスのような老婆が目に入った。
どんどんこちらに近づいてくる。
子供たちは私の方を向いているのでその老婆には気づいていなかった。その老婆が足を引き摺りながらこっちへ向かってくる。
気がつくともう子ども達の背後にせまっていた。
そして後ろからその子供たちの中の1人の女の子の肩にガッと手を置いた。
 
その女の子は
 
『うわっ! びっくりした~!!』と言って後ろをふりかえった。
老婆はそのまま肩から手を離して
足を引き摺りながら違う方向に歩いて行った。
 
この突然のことに女の子が日本語で
びっくりした、と言ったことにびっくりした。
 
『大丈夫?』と聞くと
笑って
『たまにウロウロしているばあさん』と言っていた。
『よくそんな咄嗟に日本語でるねぇ』と感心していると
『日本人がいるから』と私を指さしてその女の子が答えた。
 
すごい子供たちだなぁと思った。
生きているエネルギーがあふれていた。
目もキラキラしている。
ベトナムという国の事情も知らず、のうのうと日本で暮らしている自分が情けなくなった。
 
そんなこんなでベンタイン市場で半日ぐらいを
その子ども達とすごしていた。すっかり仲良くなって名残おしかったが、
そろそろ別れの時間だ。
 
子ども達と別れ、最初の少年が宿までおくってくれた。
 
名前をまだ聞いてなかった。
あと少しでお別れというときに、
 
『名前なんていうの?』と尋ねた。
『ちぐさ』
『日本人の女の名前やろ?』
 
『ちぐさか……』
『いい名前やな一生忘れへんわ』
 
『何か夢とかあるん?』
と聞くと
 
『日本でサラリーマンになって湘南でサーフィンやんのが夢やねん』
と返ってきた。
彼はその時13歳ぐらいだったと思う
今ごろあの少年は生きていれば38歳とかになっているはずだ。
ちぐさは今頃 日本でサラリーマンになってるかな?
湘南でサーフィンやってるかな?
 
ってたまにふと思い出す。
 
一生のうち半日しか一緒にいなかったけど
君の名前は一生忘れない。
 
そしてたまに思い出すんだ。
 
今頃ちぐさはどうしてるかな?
私はね中学校の教師になったよ。
 
 
 
 
***
 
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2023-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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