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へちゃむくれの「へちゃ」

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田涼翔(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「母さん」
母の顔は曇っている。
そんな母に、僕は今から最悪の言葉を投げかける。
「この子も、もう覚悟した方がいいかもしれない」
 
そう告げる僕の手には、片手から少しはみ出るほどの大きさの子猫が1匹、ぐったりと横たわっていた。
 
この子猫の名前は、「へちゃ」。
名付けたのは母で、理由は「顔がへちゃむくれだから」とのことだ。
どういう意味か調べたところ、一部の地域の方言で、「役立たず、意気地無し」という意味を持つらしいのだが、関西では容姿の悪いこと、いわば「ブサイク」であるという意味もあるらしい。おそらく母が言っていたのはこっちの意味なのだろう。
僕は女の子にそんな名をつける母のセンスを疑った。
 
へちゃは兄弟の中でかなり病弱だった。
これには理由がある。と、僕は確証がないが、でも確信めいたものをもっている。
それを話すためには、少し僕の家の話を聞いてもらう必要があるのだが、少し付き合ってほしい。
 
母は、外で怪我をしていた猫などを引き取って家で保護し、SNSなどで里親を募集する、いわば保護猫活動をしている。
ただ猫の扱いに慣れているのが母しかおらず、知り合いが母にSOSを出すのもあって頭数が多い。
その結果去勢や避妊が間に合わず、いつの間にか妊娠して子猫が産まれることが多かった。
 
へちゃも、うちで産まれた子の1匹だ。
 
子猫が産まれて数が一気に増えるのも困ったことではあるが、それよりも困ったことがあった。
うちで産まれた子の父親は、ほぼ1匹に絞られる。
そして母親は、その子の血縁、しかも娘や孫にあたる猫だったりするのだ。
つまり近親相姦ということになるのだが、ヒトの場合、奇形児が産まれたり、産まれ付き体が弱い子が産まれる、という話を聞いたことがある。
おそらく猫の場合も言えるのだろう。奇形児が産まれることはなかったが、皆体が弱かった。健康な子が産まれすくすく育つのは、ごく稀だ。
 
その子を去勢すれば大半は片がつくのだが、その子はメスと離すと急激に体調を崩す。その結果去勢の果てにどんな結果が待つか分からない、とは母の言だ。
 
へちゃは、特にこの特徴が強かったのだろう。
そして彼女の世代は、悲劇の連続だった。
 
「頼む、もう少し飲んでくれ……お前、ほとんど体重増えてないじゃないか」
シリンジからミルクを飲ませ、体重をはかる。数日間、数値はほとんど変わっていない。
本来ならば徐々に増えていないとおかしいのだが、半ば無理やり流し込むような形をとっても、子猫たちは頑なに飲もうとしなかった。
そうなればたどり着く結果はひとつ。
衰弱だ。
 
「ダメ! 戻ってきて!」
母が叫ぶ。
母に抱えられる子猫の身体は、信じられないほど冷たくなっていた。
「まだ息はしてる! そこに靴下あるからはやく!」
母の言葉を聞いて靴下を掴み、部屋から飛び出した。
壁に体を打ち付けながら階段を駆け下り、台所へ向かう。
着くやいなや、靴下に米を詰め込み、口を縛って電子レンジに放り込んだ。
 
洗っていない米を靴下に詰めて少し温めると、擬似的にカイロを作ることが出来る。保温性も高く、温度も高すぎないためうちでは重宝していた。
 
完成した擬似カイロを持って部屋に戻り、母に渡す。
子猫たちにとってはちょうど母猫くらいの温度になる。こうすることで、何度か持ち直してきた。
その日は乗り越えたが、次の日、子猫の1匹が空に還った。
他の子猫は持ち直したが、徐々に弱っているのは変わらない。
いつまでも落ち込んでいるわけにはいかなかった。
 
次の日も、その次の日も、徐々に子猫たちは弱っていった。
しかしあまりに小さいため、動物病院に行って薬を処方してもらうことも出来ない。
僕らはただ足掻き続けるしか無かった。
近くの神社にお参りにもいった。
気休めでも、神に祈らずにはいられなかった。
しかし神は、1匹、また1匹と子猫をこの世から連れ去った。
嘲笑うかのように。
もしくは、僕らの祈りを望まぬ形で叶えるように。
へちゃも、何度も生死の淵をさまよった。
 
数週間経ち、へちゃも部屋をぽてぽてと歩き回るようになった。
だが、その頃には兄弟達は皆、空に還ってしまった。
母も、僕も憔悴しきっていた。
冒頭の会話は、彼女だけになった後、また生死の淵をさまよった時の会話だ。
 
覚悟はした。
だが希望も捨てなかった。
最後まで足掻いて、この子だけでも守り抜く。
 
僕は神社に行き、胸の中で告げた。
「どうかあの子だけは、連れて行かないでくれ」と。
もし連れて行かれたとしたら、母と僕は怒りで神を殺せるだろう。
 
次の日、神はへちゃを連れ去ろうとした。
「ダメだ! お前まで行くな! 戻ってこい!!」
体が冷えてる。呼吸も苦しそうだ。僕は必死に叫ぶ。
「病院は!? もう行ける大きさなんだろ!」
「ダメ、休み……」
いつも行っている病院は休みだった。
「他にやってるとこあるけど、車じゃないと行けなさそう……」
僕も母も、車は持っていない。
「知り合いにあたってみてダメならタクシー呼ぶ、しばらくへちゃお願い」
病院までの移動手段の解決を母に任せ、へちゃを必死に抱きしめる。
「絶対逝かせない……! 絶対助けてやるからな!」
これまで何度も小さな命を取りこぼしてきた。
この子まで取りこぼしてなるものか。
 
母が戻ってくる。
「すぐこっち来てくれるって! ケージとか用意してきて!」
へちゃを母に預け、大急ぎでケージの用意をする。
疑似カイロをタオルで巻き、移動中も体を温められるようにする。
 
母の知り合いが迎えに来た。
へちゃを連れてきた母にケージを渡し、後を託した。
 
その病院は前の病院よりも設備が充実していたようで、それからへちゃはどんどん回復していった。
それからまた数週間後、半日ほど家を空けていて帰ってきたあと、僕らは絶句した。
あれからずっと元気だったへちゃが、香箱座りをしながら、床に頭を落として寝ている。
 
その体勢は、決まって彼女が生死の淵をさまよう時にとっていた体勢だ。
何故だ? ご飯も食べてた。ずっと元気だったじゃないか。
そんな思いも一瞬、すぐに駆け寄る。
 
「へちゃ!!」
 
すると彼女はすぐに起き上がり、「あ、帰ってきた? 撫でて! 撫でて!」
と言わんばかりに甘えてきた。
どうやら眠っていただけらしい。
そんな体勢で眠らないでくれ。
安心した瞬間、全身から力が抜けて立てなかったので、しばらく彼女を撫でていた。
 
 
それから1年。
また何度か少し体調を崩しながらも成長し、へちゃも大きくなった。
しかし僕らはこれまでの事もあり、少々甘やかしすぎたらしい。
とんでもない甘えん坊で、いたずらっ子になってしまった。
自分を見ていないと目を引くために、普段はトイレでできるくせに違う場所でトイレをしようとしたり、と、タチの悪いいたずらを覚えた。
 
それから母も僕も別々に引越した。母は今でも保護猫の活動を続けている。
限度を考えろ、と言ってはいるが、無理なのだろう。
辞めろ、とはいえなかった。
猫を助けたいと思ってしたその活動は、誰かに否定されるべきではないと思っているから。
 
へちゃは母と一緒に暮らしている。
今もいたずらは変わらないのだろうか。
 
彼女は、きっと今日も他の猫と遊び、お気に入りのクッションで幸せそうに寝ているのだろう。
 
 
 
 
***
 
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2023-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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