足を怪我したら、ネイマールになれた話
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記事:大谷 達也(ライティング・ゼミ6月コース)
昨年の11月、雨に濡れた芝生に足を取られて滑った。それはもう、豪快に滑った。
趣味の草野球をプレーしているときのことだった。つま先がかかとにくっつきそうになるくらい右足首を捻った私は、その痛みから自分の力では立てず、チームメイトにおんぶされてグラウンドを後にした。地区大会の決勝戦、しかもあとワンナウトで優勝という場面での負傷交代。最後のバッターを打ち取り、チームメイトがグラウンドの中央で喜びをたたえ合う中、ひとりベンチで足を抱えてうずくまっている姿はさぞかしまぬけだっただろう。
後日病院で受けた診断結果は、「前距腓靭帯損傷」。簡単に言えば、足首のひどい捻挫である。幸い歩くことはできたが、歩くと痛い、足をつくだけでも痛い、足首を包帯でぐるぐる巻きにされているため動きづらい。とにかく普通の生活を送るだけでもとても不便だった。
もちろん、仕事にも支障をきたした。足の痛みから通勤はいつもより時間がかかるし、歩くのが遅い私にしびれを切らしたのか、通勤ラッシュ時のサラリーマンに後ろから押されることもあった。取引先には怪我のことはバレないようにと振る舞っていたつもりが、足を引きずっている様子を不思議に思ったお客様から「大丈夫ですか?」と心配された時は顔から火がでるほど恥ずかしかった。
なにより、「草野球の試合で滑って転んで、足をひねってしまったので在宅勤務でもいいですか?」なんて情けないことは会社に言えるはずもなかった。足を自由に使えないことのもどかしさが募り、徐々に回復に向かっているであろう足首とは逆に、私の気持ちはみるみる沈んでいった。
そんな私に転機となる出来事が訪れた。それは、昨年カタールで開催されたサッカーW杯を観戦しているときのことだった。カタールW杯といえば、強豪国ドイツ、スペインを下し、死の組と呼ばれたグループステージを一位通過した森保ジャパンの活躍は記憶に新しいだろう。彼らの活躍には私も目頭が熱くなったが、私が最も盛り上がったのは日本代表の試合ではなかった。グループH初戦、ブラジル対セルビアの一戦だった。
サッカーを少しでも観たことのある人なら、ネイマールという選手の名前は知っているだろう。サッカー王国・ブラジルが誇るエースストライカーであり、その華やかなプレーと見た目、そしてファールを受けたときの派手なリアクションで世界中のサッカーファンから愛されている選手だ。私もそこまでサッカーに詳しかったわけではないが、ネイマールの存在は知っていた。そして、その時はサッカー好きの友人に誘われてたまたまブラジル代表の試合を観ていた。
それが起きたのは、試合終了まで残り30分ほどのことだった。いつもなら軽やかにピッチを駆けるネイマールが立ち上がれない。少し前に起きた接触の影響だろうか。そのままチームドクターとともに重い足取りでピッチを去った。悔しさのあまり、ベンチで涙を流すネイマール。しかし、それを見た私の心は不思議と高揚していた。テレビカメラがネイマールの痛々しく腫れ上がった右足首を映していた。それは、怪我をして以来毎日向き合ってきた自分の足首とそっくりだったからだ。おこがましいにも程があるが、同じ箇所を怪我したネイマールと自分の姿を重ねていたのだ。
それからはというもの、私の心にネイマールが芽生えた。華麗なプレーで観客を魅了し、有り余る貯蓄から豪遊し放題、その名声とルックスからたくさんの美女を侍らせる……なんてことはないが、足首の怪我がバカバカしくなるほどポジティブな気持ちになれた。たったひとつの、しょうもない共通点ではしゃげる自らの単純さに驚いたが、「自分はネイマールと同じなんだ!」という根拠のない自信が、足の痛みをやわらげ、毎日を少しだけ楽しくしてくれた。
足の怪我が完治した今も、つらいことや、大変なことが起きるたびに心のネイマールを呼び起こしている。自分をネイマールだと思うことで、絶大な自信が湧き上がってきて、大抵のことは乗り越えられると思っているからだ。足を怪我しなければ、たまたまブラジル代表の試合を見なければ、気づきもしなかったことだろう。あの日をきっかけに、海外サッカーの観戦にもドハマりした。
今日も世界最高のサッカークラブ、レアル・マドリードから高額なオファーが届かないかなぁという馬鹿げた妄想をしながら、図々しく毎日を生きている。あと、メッシともう一回一緒のチームでプレーしてみたい。実際にそんな経験はないけれど。
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