遊園地を独り占めしたいと思いませんか
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:吉田哲(ライティング・ゼミ6月コース)
「大学生活は、毎日遊園地に行くようなものだったよ」
これは友人の佐藤くんに言われた言葉です。
私は、神奈川県川崎市で大学生活を送りました。人を殺すことでしか有名になれないと言われるほどのディープな街という認識がありますが、実際は路上の痴話喧嘩が聞こえてきたり、コンビニの前で酔っ払いが叫んでいたりする程度のものです。ベランダからそれを眺めて「ばかやってらぁ」と嘲笑しながら一服する日々を過ごしていました。
多くの大学生は、4年で修士課程を終え就職しますが、私は5年間大学へ通いました。留年したのです。決して勉強が大好きだったからでも、海外へ留学したからでもありません。強いて理由をあげるなら、「ずっと部屋の天井を見つめていたから」でしょうか。大学生だった私は、何者にもなっていない大人を見て蔑んだ感情を抱きながらも、夢も目標も見つからず何者にもなれない自分を想像して不安ばかり抱いていました。くよくよと悩みながらも、まったく前には進もうともせず、「天井を見つめる」というただシンプルで機械的な行為で不安を空白に変える毎日を過ごしていました。そんな日常を過ごしていたものですから、日中の講義など出られるわけもなく、みるみる卒業の道は遠ざかっていき、結果的に留年に至ったのです。
しかし、大学5年生だった1年間はとても貴重でした。
大学5年生になって1カ月。親から激昂され、就職先も見つからない私は引き続き天井を見つめる生活を送っていました。ある夜、1年先に社会に出た同級生の佐藤くんと安い居酒屋で二人で乾杯しました。その時に言われたのが、先述した「大学生活は、毎日遊園地に行くようなものだったよ」という言葉です。就職して1カ月しか経っていないというのに、彼の頬はやつれ、目の下のクマを増やし、疲れている様子でした。実際に話すことも、「直属の上司がめんどくさい」やら、「入社してすぐに同期が辞めた」やら、仕事の愚痴ばかり。そんな彼の様子を見て、「なんだかかわいそうだなぁ」と、まるで他人事ののように感じていました。「お前はまだ遊園地で遊べるのが羨ましいよ。もう周りにいたバカみたいなはしゃいでいる大学生たちは卒業したんだから、1年間一人で自分らしく楽しめよ」と、嫉妬の眼差しで私にアドバイスをくれました。解散して帰路につき、佐藤くんの言葉を反芻しながら、まるで遊園地を貸切しているような優越感を感じてうれしくなったのを覚えています。一人で夜空を見上げてニヤニヤと歩いていたんじゃないかと思います。
うれしさ冷めやらない私は、佐藤くんが言ったことを実感したくて計算してみることにしました。私の通っていた大学の学費は年間108万円。取るべき単位は残すところ4単位だったので、週に一回授業に行けば卒業ができます。つまり、365日うち約30日学校に行けばいい。休みは335日で、これを108万円で割ると、1日3200円の休みを買った捉え方ができます。たかが親に頭を下げただけで毎日3200円の遊園地を独り占めできるなんて、そんな贅沢な状況はないでしょう? 私だけが得られた特権なのだから、せめてこの一年はたくさんのアトラクションを経験しようと思えるようになり、少しだけ将来への不安が消えた気がしました。
とはいえ、ずっと自分の殻に閉じこもって4年間を過ごしたものですから、するべき経験を思いつく能力が欠如していました。初めの方は、ただひたすらに外を散歩するだけで満足していました。4年間、家とバイト先(とたまに学校)を行き来していただけの私からすれば、これだけでも十分に“アトラクション”。ですが、佐藤くんからは「お前の遊園地だいぶ狭いな」と嘲笑されてしまいました。「どうせなら、シャンゼリゼ通りでも散歩してきなよ」と。私は、衝動的にフランス・パリ行きのチケットを買うことにしました。
大学5年の夏休み、初めて一人で歩いたシャンゼリゼ通りの空は、雲ひとつない晴天でした。それまでの私は、卑屈で陰気な人間ですので雨が降るたびに自分のことを「雨男」と表現し、いざ特別な日に晴れてしまうと自分のアイデンティティが削がれたような気分に落ち込んでいました。しかしその日はなぜか、晴れを「気持ちいい」と感じたのです。白いTシャツにカジュアルなジーンズを履いたパリジェンヌ。格式高い表門を掲げる、カルティエにプラダにルイ・ヴィトン。普段であれば、「しゃらくせえ」と独り言を呟いていた風景の全てを、なぜか目新しく感じて楽しくなってきました。ごく一般的でありふれた感覚なはずなのですが、殻に閉じこもった生活に普通の感覚を忘れていたのでしょう。私にとって、「楽しい」と感じられたこと自体がとても感動的でした。理由は正直考えてもわかりません。周りが外国人だらけという状況で、恥ずかしさに内在していた素直な感情が表に出てきたのかもしれませんし、大金を払って海外に行った対価を得るために義務感が働いたのかもしれません。まぁ何にせよ、シャンゼリゼ通りを歩いて「楽しい」という感情が目覚めたことは貴重でした。あのままその感情を失っていれば。暗闇を抜け出せず、のたれ死んでいたと気がします。ギリギリで生きられて良かったです。
長々と思うままにを連ねてしまいましたが、この文章で何が言いたいかというと、留年は悪くないということです。誰もいなくなった遊園地を独り占めすることで、これまで行列で並べなかったアトラクションに待たずに乗れます。恥ずかしくて乗れなかったアトラクションも、誰にも見られることなく楽しめます。何もかもを嘲笑して、冷めた面をしている人なんかは、むしろ留年した方がいい。何かを見つけられるチャンスかもしれません。
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