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シンギュラリティで囲碁が失わなかったもの

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記事:柳澤理志(ライティングゼミ6月コース)
 
 
AIによって、私たちの仕事は奪われるのだろうか?
 
これは近頃よく目にする問いである。
 
シンギュラリティ、という言葉がある。これはAIが人間の知能を超え、AI自身が自らを進化させられるようになることを指す。いずれ来るであろうそれは「2045年」と少し前まで言われていた。ところが最近では「2025年」にはシンギュラリティが起こる、という論文も出されたそうである。ご存知のようにChatGPTの登場によって、確かにその時は近いのではないか、という気がしてならない。
 
私は囲碁のプロ棋士である。
 
チェスの世界チャンピオンが人工知能「ディープブルー」に敗れたのは、1997年のことだった。囲碁界でも様々なコンピュータソフトが開発されたが、プロ棋士にはかなりのハンデをつけても勝てないくらいのレベルで、人間を超えるのはまだまだ何十年も先と言われていた。囲碁は、AIに攻略されていない唯一のボードゲームだったのである。しかしそれだけに、AIの進化を研究する上でうってつけの対象ともなった。
 
囲碁界に、その時は突然訪れた。
 
Google傘下の人工知能企業Deep Mind社が「Alpha Go(アルファ碁)」なる囲碁AIを発表し、韓国の最強棋士イ・セドルと五番勝負を行うことを発表したのは、2016年のことだった。イ・セドルと言えば、世界戦の優勝回数は数知れず、誰もが一目置く、まさに人間代表としてふさわしい人物だった。「イ・セドルにノーハンデで挑むなんて(笑)」と当時の囲碁ソフトの一般的なレベルを知っている人は、正直なところ鼻で笑ったものだった。
 
ところが、初戦はAIの勝利だった。しかし、人間の感覚からすると、あまり良いとは思えない手も多く、「なに、イ・セドルさんにも少し油断があったのだろう」と、まだまだ認めない者が多かった。しかし、2戦目、3戦目もAIの勝利であった。もはや人間側に油断などないことは明らかで、それでもなす術がなかった。五番勝負としてはすでに決着がついたが、対局は続行された。そして4戦目の中盤戦でイ・セドルが放った会心の一手はのちに「神の一手」とも呼ばれ、それを契機として、ついにアルファ碁に対して初勝利を収めた。しかし、その一局が伝説として語り継がれるほどに、人間はそれ以降AIに対して勝てなくなっていったのだった。
 
これが、囲碁界においてのシンギュラリティが起こった瞬間だった。
 
そしてその後どうなったか?
 
アルファ碁は、最初に人間のトッププレイヤーの「棋譜(対戦記録)」を勉強させ、その後自己対戦を繰り返して強くなった。しかしその後、初めから自己対戦のみで強くなる「Alpha Go Zero(アルファ碁ゼロ)」が開発された。アルファ碁ゼロは、囲碁のルールだけを教えられた状態から一切の教材なく、3日目にしてイ・セドルに勝ったバージョンのアルファ碁を超え、さらに進化していったという。また、アルファ碁の成功を見て参画してきたあらゆる団体によって、雨後のタケノコのごとく強いAIが現れ、AIだけの世界選手権なども行われた。その棋譜を見ると、人間にはとてもマネできない手の連発であり、それが本当に良い手なのか評価することも不能である。もはや人間にとっては勝つとか勝たないとかいう対象ではなくなってしまった。
 
私もプロ棋士の端くれであるが、AIと対戦すると、何をされてるのか良くわからないまま負けてしまってあまり研究にならないので、ほとんどそれはやらない。
 
AIの進化は強さだけではない。アルファ碁は、超のつくスーパーコンピュータを、約29億円とも試算されるクラウド使用料金や膨大な電気代を使って、運用されたものである。天下のGoogleさんが本気を出したからこそなせるワザだったのだ。しかし現在では、家庭用のパソコンでも当時のアルファ碁以上に強いAIと対戦できる。なんとなれば、スマホでも十分である。
 
AIと勝負はしないが、研究には今や不可欠である。それは、自分自身の人間同士の対戦棋譜を評価してもらうために使うのである。これが大変に参考になる。敵ではなく、プレイヤー一人一人の相棒として存在してくれている。
 
そしてAIは、当然のように囲碁の戦略そのものにも大きな革命をもたらした。定石(囲碁の序盤戦の型)が崩れ、再構築された。それまでありえないと思われ、人間的な感覚では受け入れがたかった手段が、逆に今や一番打たれる手になったりしている。当初、「いくらAIが良いと言っても、オレはそんな手は打たん」と言っていた棋士もいたが、周りがみんなやってくるので研究せざるを得ず、研究すると結局それが良いと認めざるを得ず、やがて馴染んでいった。
 
AIによって、それまで信じられていた囲碁の常識が数多く失われた。
しかし私自身を含めた棋士一人一人の探求心は全く失われなかった。
 
AIは囲碁の戦略を大きく変えたが、「囲碁は面白い」というそのこと自体を変えることはなかったからである。
 
 

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