メディアグランプリ

ゴーアラウンドは2回までって規定を5回破ったらしい話


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記事:Maki (ライティングゼミ4月コース)
 
 
5年ほど前、あまりにブラックなプロジェクトからの逃避と、母娘旅行の下見としてカンボジアへと一人旅に出かけた。
 
アンコールワットに一度は行ってみたいと母から何度か聞かされていたので調べてみたのだが、歩く距離の長さはもちろんのこと、傾斜があり段差ありと良いとは言えない足元に加え、灼熱の太陽と湿気の危険さについての多くの注意喚起は、若くはない母を連れて行くには少し心配だった。
 
しかし若くはないからこそ今行かなければ更に足腰が弱ってしまう。そこで百聞は一見に如かず。自分の目で確かめてみようと一人旅を企てた。ちょうど睡眠時間が毎日3時間というブラックプロジェクトがひと段落したところだったのでタイミングもバッチリだ。
 
当時はまだ円高だったことも手伝って、カンボジアの物価の安さの恩恵をフルに受けることができた。ホテルは一泊朝食付きで日本円にして約6000円。上品な華の香りがするロビーで着席を促されてチェックインをしていると、しっかりとした厚みのあるタオルで作られた冷たいおしぼりと、何かしらのトロピカルドリンクでもてなされた。高級ホテル顔負けのおもてなしはとても6000円のホテルとは思えなかった。たしかに閑散期ではあったのだが、さらに専属のバトラーまでついてくれたのだから閑散期バンザイだ。
 
しかしこの楽園でのチェックインにたどり着くまでには、自分史上最悪のいばらの道をくぐりぬけなければならなかった。
 
日本からカンボジアへは直行便は出ておらず、ベトナムまたはタイでの乗り換えをすることとなる。乗り換えの時間を使って本場のタイ料理を食べたい!なんて下心を抱き、タイでの乗り換えを選択した。
 
タイ発、カンボジア行きの座席は7割ほどが埋まっていただろうか。私の隣は空席だったので、しっかりとその空間を自分のものにして、優雅に外を眺めながら東南アジア最大の文化資産となるアンコールワットに向かうロマンに一人浸っていた。
 
そこにお約束の機長のご挨拶。「悪天候のため揺れる可能性があり、場合によってはバンコクに戻ることもある」とのこと。はて?どういうことだろう。
 
夜が更けてはいるものの、まだまだ遠くに少しのピンク色を残しているタイの空は、ネイビーブルーの濃い夜色がキレイに映えていた。少しの雲はあるけれど「悪天候」なんて言われるには美し過ぎる景色が目の前に広がっていた。だからこの時はまさか自分が「最期の言葉をどこに残そうか」なんて考える羽目になるとはつゆほども思っていなかった。
 
それは着陸に入る15分ほど前に始まった。完全に乾燥した晴空であるにも関わらず、思わずキレイと言いそうになる鮮やかな稲妻が走っていることを遠くの方に確認したのだ。カンボジアはご想像のとおり、高いビルなどない上に、空の上からその様子を見ているものだから、稲光が空の上から地上に叩きつけられる様子が、美しい一本の電光柱となって一目で捉えられるのだ。
 
あらぁ。さすが東南アジア。激しい雷ね。なんて言ってる余裕がなくなったのが次の瞬間。明らかに我々の飛行機の目と鼻の先に落ちたのだ。
 
「雷って飛行機に直撃するのか?」なんて恐怖が一気にリアルになった。しかしここは機内。ググる手立てもない。こうなると隣に誰もいないことが急に不安になってくる。そんな心配と不安を更に煽るかのように、雷の数は明らかにさっきより増えてくる。あー、もう直撃される前にさっさと着陸してよ! なんて怒りにも似た思いでお腹のあたりが熱くなるのを感じた。
 
その祈りが通じたのか機体は下降を始めた。早く早く!平気なフリをしながら窓の外を眺め、何ごともないように装ってみる。あぁ、地上が見えた! 着陸まであとほんの少し! タイヤが滑走路をひっかくあの衝撃まであと3秒!
 
しかしその衝撃はいつまで経ってもくることはなく、機体は再浮上を開始した。
 
え、嘘でしょ?
あと数メートル、気合で行けたじゃん!
何やってんだよ、パイロット!
 
色んな罵詈雑言が頭の中を駆けめぐった。もちろんそんな悪態なんぞに構うはずもなく、無情にも飛行機はナイトクラブのストロボライトが照らされているかのような夜空に戻って行き旋回を始めた。いわゆるゴーアラウンドというやつだ。
 
4回目のトライに向かい、雷と風の勢いで機体が大きく揺れ続けた時はどうやって両親や夫に最期のメッセージを残そうかと考えた。ペンはリュックに入ってる。機内誌のスペースに書こうか。燃えるかもしれないからテーブルにしようか。あ、でも検証に来るのは現地の人だから英語でメッセージって分かるようにしなきゃな。恐怖で心臓が今にも飛び出しそうな体とは別の生き物かのように、脳みそは冷静に思考をしていた。
 
そして無事に着陸できたのは、なんと7回目のトライ。
フライトアテンダントも含め、機内は大きな拍手と歓声が上がった。自分たちの無事を心から喜んだ。
 
結論。カンボジアの足場の悪さと暑さの前に、乗り物酔いする母を残念ながら連れては行けない。
 
ちなみに次の年、彼女はアンコールワットよりよっぽど行きにくいマチュピチュにサクサク旅に出ていたのだが……。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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