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杖なしでは動けないのに卓球部に入った娘の話


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記事:中村 愛(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「私、卓球部に入ろうと思うんだけど。」
中学校に入って仮入部が始まりしばらくした頃、娘から言われた。
「え?美術部じゃないの?」私がすぐに賛成しなかったのには、理由がある。
娘は小学5年生の時に交通事故に遭い、両下肢に重傷を負った。5か月以上入院し、30回以上の処置や手術を繰り返して、何とか歩けるようにはなったものの、屋外では松葉杖を使っている。小学校6年生までは車いすも併用し、何とか片方だけの松葉杖歩行になったものの、学校が山の上にあるという地形的条件も相まって、登下校は車で送迎する必要がある。
もともと運動が得意な方ではない。入学前は絵が好きなこともあり、美術部に入ると言っていた。友達と一緒に仮入部をしているうちに、「美術部は思っていたのと違ったし、卓球部が楽しかったから入りたい。リハビリの為にも運動しなきゃって思ってるし。」と娘。
杖がなくても立つことは出来る、でもほとんど動けないのに球が打ち返せるんだろうか、試合になんてならないんじゃないか? 様々な不安はよぎったが、本人がやりたいと言っているのを止める理由にはならない。家で筋トレをしてもすぐに飽きてしまって続かないし、確かに動く機会にはなるかもしれない。とりあえずやってみればいいさ、という結論に至り、私は入部届にサインした。送迎の際に会った顧問の先生に娘の足の状態を伝え、「ご迷惑をおかけするとは思いますが……」と挨拶したところ、「みんな初めてだから大丈夫ですよ。」と笑顔で言ってもらえた。みんなと同じようにはいかないだろうけど、少しでも楽しめるといいな、祈るような気持ちの中で、娘の部活は始まった。
当時はコロナ渦で部活の時間や内容はまだいろいろ制限されていた。顧問の先生はとても熱心だったが、2年前に異動してきて卓球部の顧問になり、初めて卓球に関わったらしい。学校周囲の走り込みや筋トレはなく、比較的緩い感じの部活だった。
ラケットは業者さんに来てもらって選んだが、正直どんなものが合っているかは分からず、お勧めの中からなんとなく選んだ。
ラリーやサーブの練習から始まった活動も1年生の後半には部活内で試合をするようになってきた。案の定、娘は全く勝つことが出来なかった。それはそうだよな、と内心思っていた。どこに返ってくるか分からない球を打ち返すためには重心移動や素早いステップが必要となる。それが出来ない時点で、試合どころかラリーも続かない。娘が嫌にならず、部活が続けられればいいが、と歯がゆい思いで見守っていた。
顧問は卓球初心者だったが、数学教師らしく、研究熱心な人だった。業者さんに教えてもらいながらラバーの種類もいろいろ考えてくれて、娘は2年生になる前に粒高ラバーというものに変更した。粒高ラバーは通常のものと比べて相手の打球の勢いを抑えたり、回転の方向を変えて返したりすることが出来るらしい。これが思いがけず娘にはヒットしたようで、ある日部活から帰ってきた娘が「今日、試合勝った」と教えてくれた。
にわかには信じられなかった。ラリーも難しかったのに、なぜ試合に勝てるのか? たまたま対戦相手の調子が悪いだけだったのかもしれない、と思った。
しかし、予想に反して娘はどんどん実力を上げていった。1年生では校外試合には全く出られなかったが、2年生では区大会から市大会まで進むことが出来た。卓球部30名の中で順位を決める部内戦でも1位を取ることすら出てきた。団体戦ではラストの5番手を任されるようになった。
応援に行った時に顧問から言われた。「ここ一番という時に彼女の精神力が必要になる。」と。
娘はそれほど熱いタイプではない。面倒なことは嫌いだし、目立つことも苦手だ。ただ、ものすごく負けず嫌いであることを、部活を通して改めて知った。
「私にだって意地があるから。」が負けそうになった時の彼女の口癖で、騒がないけど踏ん張って、フルセットで勝ち越す姿を見た。
泣きそうだった。立つことも難しかった娘が、松葉杖で歩けるようにはなっても体育は全部見学で、友達と休日遊びに行くことも難しかった娘が、卓球の試合に出てしかも勝つ日が来るなんて。
何が起こったのかはよく分からない。もしかしたら動けなかったことで、逆に身体の軸がしっかりしたのかもしれない。同じようには動けないから、娘の球は予測しづらい動きをするのかもしれない。いずれにせよ、娘は確かに成長した。
3年生最後の試合、区大会ベスト16という結果で娘は引退した。チームメイトが泣いている少し後ろで、娘は黙々とおにぎりを食べていた。泣きながら食べたので一口ごとにむせて大変だったらしい。それでも一緒に泣けないのが彼女の精一杯なんだろうな、と感じた。
よくやり切ったね、心の中で拍手を贈りながら、私も何とか涙をこらえた。
この夏、娘はまた手術を受ける。卓球はしばらく出来なくなるけれど、部活動をやり切れたことが、確実に彼女の自信や諦めない気持ちを育んでくれた、と思う。
娘ならきっと大丈夫。いつの間にか私もそう思えるようになった。
 
 
 
 
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2023-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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