魔法の白い粉
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:守山 太一(ライティング・ゼミ6月コース)
「これが俺の“とっておき”だぜ」焚火の上に直に置かれたダッヂオーブンに刻んだニンニクとセロリを炒めて水とたっぷりのワインを注ぐ。そこに鉄板で炒めた人参とベーコンとソーセージを入れてぐつぐつ煮込んでいく筈、なんだけれど一瞬白い円筒形の容器をさっと振り回すと白い粉が舞う。すぐに蓋をして日が落ちた寒空の下出来上がるのを待つこと暫く、……うまい。「ポトフさ。」その料理の名前を聞くとこともなげに答える。人参は甘く、セロリの香りとソーセージのうまみが汁に溶け込んでいた、そして何だろう、コクのような風味のような、そうコショウと何かのスパイスの気配がする。コショウは入れてなかったはずなのに、あれ? そういえばその円筒形の入れ物は何なんだろう? 「ちっ、見つかっちまったか」その白い容器の中央ほどにパプリカのような赤と緑の枠に囲まれ絵本のような字体で“クレイジーソルト”と書いてあった「こいつは魔法の白い粉だ、合法だけどな」当時まだ合法ドラッグなんて言葉が出回っていて僕は少し震えだす。そう、震えるほどうまい。
「塩コショウを少々ってあるけれど、塩とコショウの割合ってどれくらいなんだろう?」“お料理1年生”などという本を片手に下宿生活を始めた僕にとって、世のレシピは魔術学校のテキストのようなもので、世にも奇妙な材料を集めてくることから一日が始まっていた。「トマトピューレって何?」砂糖と塩、しょうゆとソース、みりんにケチャップにマヨネーズ。とにかく実家から母が持たせてくれた調味料達の間には無限の組み合わせがあるように思えた。砂糖小さじ1とかソースをひと回しとかあるけれど、塩コショウについては少々とあるだけで実際の処どれくらいの量かは分からなかった。
それなりにレシピに忠実に作ったつもりだし、僕はまだ若くて何より腹が減っていた。だからそれなりに美味しく食べれたし、満足も出来てたと思う。終電を逃して下宿に雪崩れ込んできた友人にさっと夕餉を作って喜ばれたこともある。でもやっぱりそれは“下宿生の自炊”の範疇で、当たり前のことだけれどお店で出てくる料理とは全く違う“食べれはするけれどまったく異なる何か”だったと思う。
……さて、学生、それも家賃を払ってちょっと女の子達と出かけた後の男の子には全財産が300円位しか残らないなんてことはそんなに珍しいことじゃない。それで卵をひとパック買って翌週バイト代が入るまで生き延びることにした、5日連続卵かけごはんも悪くない。
炊飯器の向こうにこの前のキャンプで使った食器が見えた。その陰に白い容器が隠れている。クレイジーソルト、か……。「ほとんど残り無いからこれやるわ」ネタがバレた手品師の負け惜しみのような彼の表情を覚えている。今やこれが僕の“とっておき”になるかもだ、どうなるかわからないが。
フライパンを温めてサラダ油をさっとひく。全面にサラダ油を伸ばして、茶碗から卵をそっと薄く煙を上げ始めたフライパンの上に置く。卵かけごはんの具から目玉焼きへとジョブチェンジを果たそうとしているLサイズの鶏卵を脇に見ながらクレイジーソルトの赤い蓋をずらしていく。網目がある穴か全開の穴がどちらかを少し悩むが全開を選ぶ。どんなことにも初めてのことはある、ドンと行ってみよう。
一刻前に水を足したフライパンの蓋を上げると、目玉焼きがこちらを睨んでいる。ゆっくりと振った筒からこぼれた粗い塩粒の中には茶色や黒の何かが混じっていた。ただの塩コショウではない、それはわかる。でも何だろうこの香り。派手過ぎずでもしっかりとハーブの香りがする、湯気の向こうにニンニクの息遣いを感じる。今まで見てきた目玉焼きとは違う佇まいに急に期待が吹き上がっていく。それで行儀は悪いけれど、皿に移さずにフライパンから直に食べてしまう。
目玉焼き、シンプルな目玉焼きだ。10分くらいあれば誰にでもできるお手軽な料理の筈だった。……でも僕はもう後戻りが出来ない。目玉焼きって何度も食べた単純な味の筈だったのに幾重にも重なった風味を感じる、でもそれは卵の白身のうまみを邪魔せずにむしろ肩車するかのように僕の舌に押し付けてくれる。口の中にこぼれる割れた黄身に寄り添うようにニンニクが合わさっていき黄身のコクと手を取り合って舌の端を伝っていく。それは重力とは違う素敵な重みで舌にもたれ掛かる、そこから喉に滑り落ちていくのをしっかり感じた、コクというのだろうか。しっかりしたレストランでとったモーニングを思い出す、確かコーンスープが添えてあったっけ。
ほうっと息をすると。残り香のような風味が微かに漂うのを感じた。コーヒーを一口飲んで窓の外を眺める。つい5秒ほど前の感覚を思い出して溜息をつく。今の僕は完璧に満ち足りている。
それから5日間、目玉焼きとパンの耳とコーヒーのモーニングを朝晩平らげ、満ち足りた清貧を満喫した後に、クレイジーソルトとの共同生活が始まった。やはり洋食との相性がいい。ポークソテー、ムニエル、ポテトサラダetc。振りかけるだけで本格的になってしまう魔法のずるい調味料、不味い飯キラー、不器用者の救世主。
簡単な方程式がある。人(男女問わず)+クレイジーソルト=料理上手 完璧な公式ではないかもしれないけれど、たくさんビールを飲んだらトイレに行きたくなるくらいの確率で人は料理上手になる。疲れていようが、レシピ知らずでも、いつでもすぐにだ。台所に立っている必要もない。(庭で薄味のポップコーンに振りかけたら良いビールのお供が生まれたくらいだ。)
本来ならスパイスやハーブの使い方はきちんとバランスをとるのが必要な調合ともいえる技術らしい。それを簡単に手にすることができる、クレイジーソルトがあれば。まるでドーピングのようで、いつかどこかの団体が規制するかと心配になってくる、でも安心してほしい。完璧に合法なんだ。
……今のところはね。
***
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