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遺影を見つけて……。うれし涙が冷や汗に変わった夏


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:北本亮太(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「おらあ! てめえ、どうなるか分かってんだろうなあ!!! どうやって落とし前つけるんだ!?」
 
ヤクザばりの怒鳴り声を聞き、恐怖におののく私。
「落とし前をつけろと言われましても……。タハハ」
そんな調子の良い反論ができるほど、私に余裕はなかった。
 
新聞記者をしていた27歳の夏は苦しい日々だった。高校野球の取材の際、当日の人員配置がうまくいかなかったことが原因で、私は上司から「できない男」のレッテルを貼られた。事前の打ち合わせ不足で、好カードの試合に十分な人員を割いていなかったことが原因だった。
 
それからというもの、私が書いた記事はどれだけ良いと思っても小さく扱われ、他の記者が書いた記事は大きく掲載される。さらに、毎日のように罵声を浴びせられる日々。心も体も悲鳴を上げていた。
 
それでもなんとか一発、良い記事を書いて、状況を覆したい——。そんな思いと裏腹になかなか良い記事は転がっていないものだ。昔からスポーツが好きだった私にとって、新聞記者となり、スポーツ関係の部署に配属された時は本当に天職だと思った。特に学生時代、ずっとプレーしてきた野球に関しては誰よりもしっかりと書く自信はあった。だが、理想と現実は違う。毎日叱責されることで自信を失いかけていたのである。
 
そんな「ダメ記者北本」でも書きたいと思っていた記事があった。「亡き友に捧げる〜」や「天国の両親に届け〜」で始まるような記事である。読者の目を引き、その球児の思いに心を熱くさせられるからだ。だが、そんな記事は簡単に見つかるはずもなく、いつも空振りに終わっていた。
 
この手の記事は待っていても見つからない。私は高校野球を取材するようになってから「遺影探し」と名付けたルーティンを行っていた。うだる暑さの中、試合前と試合途中にスタンドを上下し、遺品を持っている家族がいないか探す。暑くても、雨が降っていても、上司から叱責されて心が病んでいても、そのルーティンは続けた。他の記者がクーラーの効いた部屋でのんびり試合を見ている間、密かに闘志を燃やしていたのである。
 
この日もいつものようにスタンドへ。いつものように応援席に向かった。すると一人、雰囲気が違う女性がいた。何か特別な思いを秘めて願っているような……。その人の近くへ行き、手元を見つめてみると、なんと、遺影を抱えているではないか!!!
 
2〜3年ぐらい続けて初めて見つけた……。そんな感動もほどほどに、早速、取材をスタートさせた。遺影を持っていた女性は、7番、ファーストで出場しているイソベ君の母だという。抱えていた遺影はイソベ君の父のものだった。
 
イソベ君の父は昔から野球が大好きで高校までプレーしていたという。息子は父と同じ監督の元で野球がしたいとこの高校を選んだ。そんな野球の大好きな父は大会1ヶ月前に急逝。この日は夫に息子のプレーを見せてあげたいと持ってきたそうだ。
 
ちょっと聞いただけで、めちゃくちゃ良い話じゃないか。まさにお宝を掴んだような気分である。この話を聞いただけで、記事が書けそうだ。まず、上司に報告した。すると上司からまさかの発言を受けた。
 
「それだけじゃ記事にならん。その選手が何か起こさないと書けない」
 
「上司よ。お前には……。心がないのか……!!」
心の中で叫んだ。上司からの評価が極めて低い私はどんなに良い話を見つけても書かせてもらえないのか。ええい。こうなったら、願うしかない。イソベ君。何かしてくれ。ヒット1本でも十分だ。あとはこっちで何とかする!
 
そうして試合は始まった。イソベ君のチームは前年秋の大会で優勝したチームで前評判は高い。だが、この日はなかなか投打が噛み合わず、七回を終えた時点で1-3と負けていた。イソベ君も2三振で良いところがなく、八回の攻撃を迎えた。
 
「俺の記事はお蔵入りか……」
半ば諦めかけていた。すると、突然、打線がつながり始めた。2点を返して同点に追いつき、なおツーアウト満塁のチャンスで打席に立ったのがイソベ君だった。
 
私は奮い立った。「ここまできたらイソベ君、やるしかないぞ! 僕の復活ため……。いやいや、お父さんのために! 君の母さんも遺影を抱えて祈っているぞ!」
 
最初に自分の利益を考えた……。私は汚い大人である。ただ、それだけ私も追い込まれているのだ。カメラを構え、じっと待った。
 
カウント2ストライク2ボールから外目の直球を振り抜いたイソベ君。打球はライトの頭を越えていった。会心の一打は父に捧げる走者一掃の決勝二塁打となった。
 
私は思いがけず、涙が溢れた。野球を見て泣くなんて記憶がない。イソベ君一打に感動した……。否、正直に言えば、追い込まれていた私を救ってくれたからだろう。これは、「うれし涙」である。塁上で笑顔を見せるイソベ君。私は涙でぼやける視線越しに、ひたすらカメラのシャッターを切り続けた。試合は次の回に相手が意地を見せて1点を返したものの、6-4で終了。イソベ君のチームは無事勝つことができた。
 
「天国の父も見てくれたと思います」
 
試合後にイソベ君が話してくれた。もうこの一言さえもらえれば十分だった。上司に久々のドヤ顔ならぬドヤ声で報告した。
 
「打ちました。満塁から決勝のタイムリーツーベースです」
 
上司も驚く一打である。イソベ君が父の死に捧げた一打と書ける記者は他にいない。特ダネを拾うことができた。試合後、必死で記事を書き上げ、「父に捧げた決勝打」の見出しで大きく掲載されることとなった。
 
「ええ記事になったな」
 
ようやく上司から認めてもらえた。私の地獄もこれで終わりになるだろう——。そう思っていた。翌日、一通のメールが新聞社宛届くまでは。
 
「スコア、間違っていますよ」
 
ふあっ!? どうやら、書いた記事の試合のスコアが6-3になっていたらしい。言い訳できないミス。今の私にとって、これ以上の仕打ちはない。涼しい室内で私は冷や汗が止まらなくなった。
 
「頼む。6-3が正解であってくれ……」
 
そんな願いも虚しく、私の書いたスコアは違っていた。
 
「お前、何の気で記事書いてたんや! 良いネタ見つけて、浮かれてたんやろうが!!!!」
 
始末書、訂正文を書いた後、上司からの叱責が再発した。あの記事を書いてから半日も経たずしてブチギレる上司。そこから1ヶ月間、鳴り止むことのない怒鳴り声が続いた。
 
もちろん、あの記事を書いて、喜んでくれた人もいた。イソベ君の母は後日、「本当に、あの記事は宝物です。ありがとう」と私に言ってくれた。私は記事が間違えていたとは、言えなかった。つくづく、自分が汚い大人だと思う。
 
冷や汗は誰しもがかいたことがあるだろう。だが、うれし涙の後に冷や汗をかいた人間はそうはいない。そして冷や汗が本当にとんでもない事態だった時、人は本当の地獄を見ることとなるのだ。
 
あれから3年。怒鳴られる日々に疲れて新聞記者を辞め、今は別の業種でライターをしている。もう、高校野球の記事を書くことはない。それでも、夏に高校野球を見ると、あの日のことを思い出す。しょっぱい夏の記憶である。
 
二度と、あんな思いはしたくない……。それを学べただけでもよかったのかな。
 
そんな思いを胸に秘め、今日も私は一人のライターとして、筆を取……。もとい、筆を執る。だ。あのような悲劇は起こさないために、今日も細心の注意を払っている。
 
 
 
 
***
 
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