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不器用な父と、今は亡き母が再会するお盆


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記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
お盆には死者の魂がこの地上にまで降りてくるなんていうのだから、それを本気で捉えるとしたら約15年前に54才の若さで他界した母と、今まだこの世を生きる父の、夢にまでみた熱き再会……とドラマチックに言いたいところだが現実はそうでもない。
 
父には彼女がいる。
 
母が亡くなった時、それはもう見ていられないほど父は落ち込んだ。もちろん私と4つ離れた姉もしばらくは泣き暮らしたものだ。全然違ったのは母が遺した物についての処分をする時だった。闘病生活が長かったこともあって入院生活に使うグッズは山のようにあった。何種類ものパジャマ、大小のタオル類、食器、病室に飾っていた写真、母がずっと握りしめていたお守り。かごいっぱい、バッグいっぱいに持ち帰ってきた荷物たちが部屋の床を占領していた。
 
結婚して遠方に住む姉が葬儀後にあまりゆっくりいられない事もあり、それらの荷物を少しは処分しようということになった。そして今住んでいるこの社宅も、会社のルールでもうじき出ていくことが決まっている。いつまでもこの大量の荷物をそのまま取っておくことは難しかった。
 
「まだお母さんの匂いするね」と言っては泣き笑い、姉と私は少しずつ少しずつカメのようなスピードで燃えるゴミ専用の袋にそれらを詰めていった。夜通しの作業は、いちいち思い出に浸り驚くような時間がかかったが、それでも袋3個がいっぱいになった。次のゴミ出しの時までいったんベランダに置くことにした。
 
ゴミ出しの日、今にも泣きそうな顔で父が言った。
「本当に捨てるんか」
 
私は配偶者の死はまだ経験がないから、想像の範囲を出られない。ただ、家族を運営するうえで唯一同じ立場の母が、元は赤の他人なのにここまで一緒に家族を育て上げてきた母が、いなくなるのはどんなに胸が引き裂かれる思いだっただろうか。それを考えると言葉が出なかった。
 
父は家族思いで実直な性格だが無口、それを補うように明るく社交的なところがウリだった母。よくこんな綺麗にでこぼこなコンビになったねというくらいに正反対の性格をしていた。ケンカはたまにあったが、それでも父も母もお互いがいるから自分の良さが活かされるというところはあっただろう。
 
入院生活が始まってからも、無言で病室に来る父。うまい具合に話題を見つけられないのだ。それを母が笑って話しかけ最後は「じゃ、お父さんハグしよ」と言う。照れる父は無言のまま母を抱き締めた。
 
思い返せば母と父の関係はずっとこんな感じだった。
ドライブに行けば終始黙って運転する父に、ニコニコ笑いかけて「楽しいね」と母が言う。それに対して父は「おう」とだけ応えるのだった。
 
太陽みたいな母に生活のあらゆる面で明るさを灯してもらっていた父は、母の死後急激にしぼんだ。そして、3年程度父と二人暮らしをしていた私が「自立」という名目で家を出た時、父は本当に1人になった。
 
十三回忌がもうじき来る、という時期になって父がバツの悪そうな顔で申告してきたのは
「付き合っている人がいる」という衝撃的な内容だった。
「へ? あぁ、ふぅん……」父を責めるのもなんか違うとは思ったが、正直娘としてすんなり受け入れられる告白ではない。歯切れの悪い返事をするのが精いっぱいだった。
 
その時既に、私は私で夫や子供という新しい家族との生活が始まっていた。だからまあ父には父の暮らしがあるのだから、と割り切って生活していこうとしていた矢先、面倒な事が起こった。
 
変な所で真面目さを出してくる父が、彼女を紹介したいという。
いやいやそんな彼女に会わされた所で私なんて言ったらいいの? 気まずさが勝つでしょ。
娘としては避けたいご対面ではあったが、どうしてもという事で結局会う事が決まってしまった。
 
待ち合わせ当日、私は軽く拳を握りながらその場に向かった。
なんだか変に強気になっていた。一体どういうつもりで父と付き合っているのか。いけすかないやつだったらパンチの一つでもお見舞いしてやんぞ、とヤンキーみたいな構えで臨んだ。
 
だんだん父と彼女が乗っている車に近づいていく。胸がドキドキする。あと数歩で到達するという時、助手席からふわっと彼女が降りてきた。
 
(あっ! 柔らかい!)
こちらのヤンキーの構えもまるですっぽり包み込むように柔らかくて優しい風がその場に吹いた。
私の想像をまるで無視したかのような、穏やかな女性が微笑んでいた。
「お父さんにお世話になっています! パナ子さんのことはいつも聞いていたの。今日会えて私とっても嬉しいです」
そう言うと彼女は30以上も年下の私に向かって深々とお辞儀をした。
直感だった。
いい! 彼女ならいい! 彼女なら許す!!
偉い立場でも何でもないのに私は勝手に彼女を許した。というか、ちょっと好きになっていた。
 
父と彼女が穏やかな関係を築くなかで、私や私の息子を交えて会うことも増えた。
そしてつい先日は母の墓参りに一緒に行くことがあった。
父や私が墓に参っているとき、彼女はにこやかな表情でそこに佇み、決して墓の敷地に足を踏み入れなかった。私としては入ってもらっても構わなかったのだけれど、それが彼女の母に対する敬意の表し方なのだと理解できた時、ありがたさが込み上げた。
 
仏になった母とそれに手を合わせる父、そしてそれを少し離れて見守る彼女がいる。直線になっているその関係を見て(あぁ、そっか。これでいいじゃない)と深く納得がいった。
父にとって母は一生大事な人であることに変わりはない。父は炎天下で汗だくになりながら母の墓石をピカピカに磨きあげて、新鮮な花を挿し、線香をあげる。不器用な父なりに、こうして今でも愛情表現を欠かさない。
それでも今を生き続ける父を癒してくれているのは彼女だ。
結局人との別れを癒すのは人との出会いなのかもしれない。
 
天国にいる母がなんて言ってるかって?
カラッと太陽みたいに明るい母のことだ。
「よかったね! 優しい彼女ができて! 私が見守っといてあげるからね!」
こう言って笑っている事だろう。きっと父は母には一生勝てないのだ。
 
 
 
 
***
 
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