ひとは出会ったことばでできている
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記事:山葵(ライティング・ライブ6月コース)
「私、お皿洗いとか、誰でもできるようなことしかできないー! 私必要なくない!?」
ふざけながらだけど、とてもネガティブなことを言ってしまった。
「え~? そうかな。でもその誰でもできることを、今やってくれてるのは山葵さんだよ」
危なかった。アルバイトスタッフのことばに救われた。
私には障害があり、世の中のあらゆる段差に四苦八苦しながら生きてきた。
自分で言うのもなんだけど、ここまでよくグレなかったと思う。
お酒とかたばことかギャンブルとか、性とか。都合よく逃げられるものってたくさんあったはずなのに、それらではなく、私は「ことば」に頼った。
SNS、広告、教科書、友だちの話、先生の授業、恋人との電話、自分のなかに浮かんでくる気持ち。ことばで溢れかえっている毎日。
どんなことばを浴びて、何を感じて、何を受け取るか。そしてどんなことばを発するか。
それ次第で、生き方って大きく変わる。
思えば、「ひとは出会ったことばでできている」という意識が、
高校生のころから私にはあった。
高校3年の冬。
実行委員長を務めていた団体のイベントがあった。
中高生が意見や取り組みを主張する、全国規模のライブイベントだ。
私はそのときうつ病になりたてで、人と楽しく会話をすることすら難しい状態だった。
友達も来ているし、委員長としての責任があるので何とか出席できたけれど、
私はどうしてここにいるんだろう。みんなのために何もできていない。私って、必要とされているのかな。死んだ方がいいんじゃ――。
うつ病特有の黒いどろどろが邪魔して、イベントどころではない。
でも仲の良い友達が演者としてステージの上で口を開いたとき、
私は生まれて初めて、ことばによって人生が変わるという体験をした。
「今、自分のために生きている時間が、いつか、人のためになればいい」
彼女はまっすぐなまなざしで、そう言った。
うつ病になって思うように頭も体も動かない時期だったから、私にはずっと焦りがあった。実行委員長なのに誰の力にもなっていない気がして、自分に価値を全く感じていなかった。
自分のために何かをしようなんて浮かんだことがなくて、むしろ自分のことを考えて行動するのはだめなことだと思い込んでいたかもしれない。
だから、彼女のことばに救われた。自分の心や体のことを考えて休んでみようと初めて思えた。
努力家で、面倒見が良くて、人がやる前に自分から動く優しい彼女は
自らの命を絶とうとしたことがあるらしい。
しっかり者のプレッシャーは計り知れない。いつもにこにこ話しかけてくれる彼女にそんな一面があったなんて、この団体で実行委員長をしていなければ、イベントに行かなければ、一生知ることはなかっただろう。
彼女は追い込まれながらも、今私が抱えているどろどろと同じような苦しさを乗り越えた。
その力強さが、ひと言ひと言ににじんでいた。
彼女との距離が、ぐんと縮まったような気がした。
彼女はことばで私の命を長めてくれた。
うつ病は気の持ちようでは治ることはないし、6年経つ今でも治療しているけれど、
あのことばがあったから今も生きて頑張れている。
あのとき、自分のために過ごした時間は、今誰かのためになっているだろうか――。
ときどき考える。
イベント以来、私はことばとの出会いを意識するようになった。
「今、自分のために生きている時間が、いつか、人のためになればいい」
ということばは、間違いなく24歳現在の私の基盤だ。
私という人間をつくった、大切な細胞だ。
疲れがたまってネガティブの渦に飲まれることはまだあるけれど、
その度にステージの上の彼女を思い出す。
私のことばも、いつか誰かを救うときがくるのだろうか。
発することばを大切にしたい。
完全オリジナルなことばでそれを成し遂げるには未熟だけれど、
彼女のことばをくりかえし思い出して、こうして人に伝えることは、
同じように誰かの救いになるのではないだろうか。
この記事を読んで救われた人がいたなら、私は温かな「ことばとの出会い」の瞬間に触れられたということになる。そうなったらいいな。
就職して毎日が目まぐるしくて、少し記憶が遠のいていたけれど
冒頭のアルバイトスタッフによることばと出会ったことで、改めて、人生が変わった日のことを思い出せた。
「でもその誰でもできることを、今やってくれてるのは山葵さんだよ」
温かいことばだ。ありがとう。
あなたのことばが、私という人をつくっています。
***
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