13870分の1の奇跡
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:K(ライティング・ゼミ6月コース)
シャンパンに生ハムとチーズを片手に、テレビの前で正座していた。
「あとひとり! あとひとり!」
既に酔っぱらっているが、テレビの向こうからはっきりと聞こえる。甲子園球場の歓声が。
「打ったー! 打ちあげたー! 中野がキャッチ! ゲーム! セットォォォォォ!」
「阪神タイガース! リーグ優勝ぉぉぉぉぉ!」
絶叫するアナウンサー。
やったぁ!!!!!!
18年ぶりのリーグ優勝がようやく決まった瞬間だった。
日本の野球チームはセ・リーグが6球団、パ・リーグが6球団で、リーグ内で優勝を争う。
確率論でいけば、6年に1回はリーグ優勝する計算になる。
なのに、阪神タイガースはここ17年の間、優勝していなかった。
前回の優勝が2005年、その前は2003年。もう一つ前となると1985年までさかのぼる。ちなみにその前は1964年だ。
私は生まれてからずっと阪神ファンの家で育ち、1985年に初めての優勝を経験した。当時ずいぶん盛り上がったことを覚えている。
当時のホームランバッターのバース選手に似ている、という理由で、興奮したファンにより、身長180センチもあるというケンタッキーフライドチキンのキャラクター、カーネル・サンダース人形が道頓堀川に投げ込まれたのは有名な話だ。その後長らく阪神タイガースの成績が低迷したのは「カーネル・サンダースの呪い」が発動したため、と、まことしやかに言われている。次に2003年に優勝した時は、嬉しさのあまりに道頓堀川に飛び込んだ人が5300人もいたそうだ。
今年から働くことになった会社にも、熱狂的な阪神タイガースファンの方がおられる。親しみを込めて、ここでは「おじさん」とお呼びする。
おじさんとの挨拶は、「今日はいいお天気ですね」の代わりに「昨日阪神勝ちましたね」あるいは「阪神強いですね」と言っておけば間違いない。
「阪神強いですね。今年こそ優勝じゃないですか?」
「あかんあかん、優勝、ゆうたら逃げる。アレ、ゆうとかなあかん」
「そうですね、アレ、ですよね!」
優勝のことをアレというようになったのは、2位に13ゲーム差をつけて首位を独走していた2008年9月、どこかの出版社がフライングして「Vやねん!タイガース」という雑誌を出したことによる。多くの人も同様に阪神タイガースの優勝を確信していたにもかかわらず、逆転負けして優勝を逃したという「悲劇」があった。選手も優勝を意識して固くなってしまったかもしれない。その出版社が、フライングしてそんな雑誌出すからだ、と、ファンからの大ブーイングを受けたであろうことは想像に難くない。
もうそんな失敗はしない。優勝までのマジックが10になり、3になり、マジック1になって今日勝ったら優勝、という段になっても、阪神タイガースの岡田監督も、ABC放送のアナウンサーも、もちろんファンも、みんな、まだまだわからんからな、といって「アレ」と言ってきた。
おじさんはいろんなものごとを「あれ」とか「それ」とかいうので、「あれはどうなってる」という場合の「あれ」、は、特定の業務や名詞の場合もあれば「アレ=阪神優勝」を指す場合があったが、まったく判断に迷うことはなかった。
8月前半には「まだ、ちょっと早いんとちゃいますの」といっていたおじさんだったが、9月に入って阪神タイガースが勝ち星を重ね、いよいよ、というタイミングになってくると、おじさんの関心は、「アレ」するかどうか、ではなく、「アレ」がいつになるか、になってきた。
私ももともと阪神タイガースのファンだったが、おじさんと会う前はそこまで熱心なファンというわけではなかった。でも、あまりにもおじさんが毎日うきうき嬉しそうにしているので、こっちも一緒に盛り上がってきて、こうなってきたらおじさんのためにもぜひとも優勝してもらいたい、と、熱心に応援するようになった。
おじさんにはおじさんの人生の歴史があるのだろう。もしかしたら生きている間に優勝するのを見られないかも、と思っていたのかもしれない。
おじさん、優勝しましたよ。
本当によかった。
優勝が決まったのが9月14日木曜日の夜。その後の優勝記者会見、選手のビールかけイベントに優勝特番を夜中まで見、YouTubeに上がっている「優勝の瞬間」動画を何回も見、と、気持ちの忙しい夜を過ごした。
しかし、こうなったらもう一つ見たいシーンがある。
パ・リーグの優勝チームとの決戦による、日本一だ。
阪神タイガースは1985年以降日本一になっていない。
12チームしかないのに、38年間の間、日本一になっていないのだ。
おじさんだけの問題ではない。私でも、次38年後となると90歳だ。
生きている間に日本一が見られないかもしれない、という切実な問題がある。
セ・リーグで優勝したといっても、今日はさっそく対横浜戦で2連敗してしまった。全く気が抜けない。明日会社に行ったらきっとおじさんが「阪神タイガースの敗因」と「今後の対策」を解説してくれるだろう。
38年といえば、かける365日で13870日の中の1日、割合にすると0.007%でしかない。その奇跡の日を迎えられますように。
しばらくは「日本一」を「ソレ」と呼んで、願掛けしておこうと思っている。
***
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