メディアグランプリ

フレンチブルドッグが教えてくれたこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:守山 太一(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
少し遅い時間に仕事から戻る、すると車から降りると灯りの少ない向こうから白い影が現れる。白い影がフグッ、フグッと言いながら近づいてくる。その後ろから「タイガがいつもすみませんねえ 」と声がする。
 
車庫前の道をお母さんと毎晩散歩するタイガくんは白いフレンチブルドッグ、いつも地面を嗅ぎ回っている、もう10歳以上になるらしく目もあまり見えないらしい。歳をとった犬にはどこか煙が漂うようにふわふわと歩く様子とか、体を撫でられた時にも大人しく身を任せてくれるような独特な魅力がある。けれどタイガくんはそんなタイプじゃない。彼は白い毛のお陰なのかあまり年寄りには見えない。それに体が小さいと子犬にしか見えないということがあるのかもしれない。
 
興奮しがちなのか、それともフレンチブルドッグに付き物なのか、いつもジタバタ歩いている。一直線上にどこかに歩いていくわけではなくていつもジグザグにちょっとデタラメに歩いている。犬も歩けば棒に当たるどころではなくて、あらゆる物に触れてそれが何か確かめているようだ。
 
タイガくんを見かけると僕は必ずしゃがんで声をかける。すると耳を澄ますようにこちらの方を伺い、それから僕の方に向かってくる。不思議なことに毎回初めて僕に出会うような素振りで、地面に置いた僕の手を匂いをかいでは後ろに跳ねて距離を保ち、興奮しながらズボンの端や靴の先の匂いを嗅ぎ回る。けれど最終的には、手のひらの中に顔を埋めてちょっとだけ舐めてくれる。
 
そんな狂乱の後に家の戸口に向かう僕をじっと眺め続けている。お母さんが引っ張っても全く動かないで僕だけを見てくれている。けれど用事を思い出して僕はドアを締めることにする。
 
これは僕にとって幸せなルーティンで、同僚達と一緒に夕飯を食べたとしてもなるべく彼が散歩に出てくる時間には帰宅することが多くなったし、車から降り立つまでの一刻、メールを打ったりすこし飲み物を飲んでリラックスしている時に目の端にタイガくんの姿を探してしまう様になってもうしばらくになっていた。
 
ちょっと地球がどうなっているか不安になってくるくらいの暑さが続いた夏。タイガくんの姿を見なくなってもう一週間になっていた。別に張り込みをするというわけでもないのだけれど、車から降りるまでの一刻が次第に長くなっていく。そういえば、最後に会ったときの足取りがおぼつかなくなっていたような気がするし、ハフハフしている息遣いが荒かった気がする。今年の夏の暑さはフレンチブルドッグにとっては厳しかったのだろうか?何かの本でブルドッグやパグのようなひしゃげた鼻を持つ犬は体温調整が苦手なので飛行機には乗せられないことがあるって書いてあったようなことを思い出す。
 
そうなるともういけない、もう会えないのかもという別離の予感におびえてしまう。もっと撫でてあげればよかったとか、よだれがついてもいいから好きなだけ手のひらや腕を舐めさせてあげればよかったなんて後悔だけが先に立つ。一期一会なんてものは何も人間相手に限ることはない。パシンと僕の指先を叩くときの少し爪が当たる痛さすらも恋しく侘びしく思い返してしまう。
 
そういった一刻、瞬間というのは本当に幸せに満ちていて、人生というのは本来そういった物の連続だったのかもしれない。ちょっとしたしなくてはいけない事なんてものは脇に置いて、幸せの一粒一粒を丹念に眺め、手にとって感触を確かめていくことが本当に僕にとっては得難いものだったと少し涙ぐんでしまう。それを疎かにしてしまうから、自分の時間を振り返った時に、職務経歴書の内容しか残らないなんていう人生になってしまうんじゃないだろうか。
 
毎日のように会っていた頃は、タイガくんの姿はまるでブルーレイの画質のようにはっきり頭の中に再生出来ていた。けれどそういった情景は遠くなっていき、鮮明な画像は昭和の時分に出回った映写機のスライドようにぼやけて、端がビネットのように暗くなっていく。気のせいか画像の粒子さえも粗くなっていくかに思えてくる。
 
いつも自分はこうなってしまう。目の周りの素敵で大切な事を当たり前のように掴んでいるつもりでいた。でもそんな貴重な欠片が指の間をすり抜けていくのに気付いていなかった。どうして毎回そんな事になってしまうんだろう、寂しさをぶつける相手も見つからない。
 
そんな心の傷に馴染み始めた頃、タイガくんに出会う以前のようにエンジンを切ってすぐに戸口に向かう。どこかでタイガくんがいた頃をぼんやりと思い出してしまう。すると視界の端に白い影が映る、以前と同じようなフグッ、フグッと粗い息遣いが聞こえてくる!
 
お母さんは驚いたに違いない、いい年をした大人が声を震わせて、フレンチブルドッグの顔を抱えているのだから。今年の夏はひどく暑いので十分に気温が下がるまで、毎晩散歩の時間を送らせていたそうだ。それでもすぐにタイガくんの息が上がるので散歩も時間を短く切り上げていたらしい。
余計な気苦労をしてしまったけれど、いつもどおりの世界がまた動きだしてくれる心地がする。明日になればまた日が昇り、日が暮れればタイガくんに会える。何かの焦燥や不安から開放された喜び・安堵というのは格別だ。思えば僕のこれまでは単純な充実感よりはそんな心の回復感といったことに幸せを感じることが多かった。それは人よりもくよくよして絶望しやすい僕の性格の副産物なのかもしれない。そんな喜びが詰まった人生の送り方が指を甘噛みされながら今夜ようやくはっきりわかった気がする。
 
……まあ、心配事は少ないほうが良いんだけれど。
 
 
 
 
***
 
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2023-10-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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