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かさぶたが剥がれた先にあったのは力強い個性だった


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
それ以上、保護者は入れないとされているロープを張られた規制線ギリギリにしゃがみこみ今か今かとその時を待つ。
 
グランドの少し遠くに離れた場所に座っていた彼らが立ち上がり、リズミカルな曲に合わせて意気揚々と行進してきた時点で、ダムが決壊した。
あの180人の中に私にとって最大の主人公が、今日はいるのだ。
 
というか、なんなら一つ前のプログラムの1年生がかけっこをしている時点で涙ぐみ始めた自分を(どうかしてるぜ)と笑いつつ、それでも大勢のなかに混じり元気よく登場した2年生の息子を確認した時、私は改めてハンカチで強く目元を押さえた。
 
息子は昨年、不登校だった。
入学してすぐに始まった強い行き渋りを経て、休みがちになり、最後は全く行くことが出来なくなった。
昨年の運動会は1学期始まってすぐの春のうちに行われたから、担任の先生も「もしかしたら」という希望をまだ捨てないでいてくれていた。それは息子がダンスを踊ることが好きだったことにも関係していた。
1年生で踊るダンスはYOASOBIというユニットの「ツバメ」という曲だったが、元々その曲が好きだったこともあり、かろうじてまだ登校していた中でダンスはもうほとんど覚えてしまっていたからだ。
 
担任の先生も私も、「好きなダンスだけでも披露してほしい」と願ったが、学校に行く事を極端に怖がりだした息子は運動会本番も学校に足が向くことは無かった。
 
それからはテレビでもラジオでもよく流れていた「ツバメ」を聴くたびに(なぜ!)という気持ちが溢れ出し、目の前が曇った。生活から色が抜け落ちたようで心は深く沈みがちになった。息子も私も完全に自信をなくしたのだ。
 
その後フリースクールや父との付き添い登校などさまざまなチャレンジを経て、2年生になった息子は学校へ通えるようになった。
しかし、それで全てが解決したわけではまだなかった。
 
全方位に繊細さを発揮してしまう息子は、クラスメイトとのあれこれや先生に叱られたことなどに傷つき帰宅する。対応に迷う中で私は息子と向き合い続けた。
ここだけの話、家の中でだけは、ちょっかいを出してきたクラスメイトにオラついてみたり、「連絡帳に書く!!」と戦闘態勢を見せたり。
とにかく「僕には味方がいる」ということだけをわかってもらえたらよかったのだ。
 
そんな中、息子にとって初めての運動会が近づいてきていた。
しかし本番が迫るにつれ、様子がおかしい。
「なんかお腹が痛い……」と訴え、ソファにゴロゴロすることが増えた。小児科の先生に相談するも、緊急性は感じられないとのことから整腸剤が出るにとどまった。
 
初めての事、モノに極端な緊張を見せる息子のことだ。
きっと初めて参加する運動会をモンスターに感じているのだろう。
よくよく話を聞いてみると「踊りを間違わずに踊れるのか」「かけっこでビリになったらどうしよう」という心配をしているのがわかった。
 
「わかる、わかる! お母さんなんてね、中学生の頃にダンスでめちゃくちゃ間違ってさ! 本番中に「○○ちゃん、ちがうよ!」って言われたんだから」
遠い記憶を手繰り寄せながら言うと、息子は少し笑った。
 
「しかもさ、リレーで負けてさ、お母さん中学生なのに悔しくて泣いちゃった!」
負けん気が強すぎるお母さんのネタを本邦初公開してみせると、息子は声を上げて笑った。
「うわ! お母さん、ヤバいね」
 
「やろ? でもさ、それも今となってはいい思い出! 一生懸命やったから悔しくなったんだから」
そう言うと今度は少し真面目な顔をして息子は頷いた。
 
「お父さんもお母さんも一生懸命やってる○○見たら、それだけで嬉しいんだよ。だから踊り間違っても、かけっこビリでも全然問題ない!」
私がそう言い切ると息子はやっと安心した表情に落ち着いた。
 
そして、初めての運動会、1年生の頃より難易度の高くなった踊り、猛者が多すぎるかけっこ競争……とさまざまな葛藤を自力で乗り越えようとした息子の本番がいよいよ始まったのである。
感染症対策で保護者が自分の子供の出番だけを観戦するスタイルを取っているため、弁当の準備もいらない。20分間の出番を見る為だけに学校に向かう家族は「どれどれ」とカメラだけ持ってあとは軽装だ。だからあまり気負いもなかったはずなのだ。
それなのに……。
 
運動場に着いた途端、その賑やかしくて活気ある雰囲気に、昨年の辛かった記憶やそこから見事に本人が復活したことなどが走馬灯のように脳内を駆け巡る。
 
ダメだ。全然泣くつもりなんかで来ていない。
まるでかさぶたを剝がされるかのように、過去の傷口がペリッと見えてしまった。
そうなるともう感情の波が止まらない。
 
私の気持ちを知ってか知らずか、息子は、まずはディズニー40周年の記念ソングに合わせて登場。音楽が大好きな彼はその曲調に合わせ弾むような足取りでまっすぐに前を見つめている。
 
(かっこいいぞ! 頑張れー!!)
大きな声は出せないけれど、心の中でそう叫び、息子を凝視した。
家でも何度も復習していた踊りが始まる。山形県民謡の花笠音頭に合わせて足腰を踏ん張り踊る姿は堂々としていて眩しかった。
かけっこは残念ながらビリに終わってしまったが、それでも最後まで諦めず走り切った息子の顔は満足そうだった。
 
「お母さん、ぼく、かけっこ『いける!』と思って走ったんよ」
レースが終わってそう話す息子は、自信に満ち溢れていた。
 
そうか。
かさぶたの下の皮膚は、私が思うよりずっと強く、新しく生まれ変わっていた。
そう思うと辛かった過去も悪くない気がした。息子のなかで確実に新陳代謝が起こり、挑戦できなかったことはもう過去のものになったのだ。
 
彼らの出番の時、一層強くなった眩しい光の中で私は希望を見いだせたのだ。
それは息子が教えてくれた希望の光だった。
そして息子たちの登場曲「リビング イン カラー」の中にある「We’ll be living in color」、つまり、僕たちにはいろんな個性があるんだ、ということを息子が体現してくれたのだと思ったのだ。
 
これから先、また葛藤に悩む日々がくるかもしれない。
でも大丈夫。その全ての過程が君の力となり、個性となるのだ。そう信じている。
 
 
 
 
***
 
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