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禍福はあざなえるリースのごとし


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング実践教室)
 
 
「すごくいいですね! 綺麗にまとまってきたわ」
12月を迎える頃、毎年ハーブでクリスマスリースを作るワークショップに参加している。
ユーカリの香りに包まれて思い思いのリースを作るこのイベントも4回目。
思いのほか可愛く仕上がり先生にも褒められ、私はご機嫌だった。
今年もこんな穏やかな時間が持てたことにいつも以上に幸せを感じる。
なぜなら30時間前、私は救急車の中にいたのだ。
 
「火事ですか? 救急ですか?」
緊迫感のある声がスマホから聞こえる。
「あ、救急です。夫が40℃の発熱で意識混濁状態です」
昨晩から咳と痰がひどかった夫は、午前中に主治医を受診しようやく2時頃帰ってきた。
だが帰ってくるなり夫はベッドに倒れ込み唸っている。
(またふざけちゃって……。せっかくお昼にサンドイッチ作ったのに連絡もしないでさ)
と文句を言いかけて気がついた。夫の様子が変だ。
言っていることが支離滅裂、熱を測ると40℃あった。
いつも37℃でもふうふう言う、めっぽう熱に弱い男だ。
主治医に電話すると感染症の疑いがあるのですぐに救急を呼ぶよう勧められた。
3人の救急隊員が手際よく夫の様子を確認し、担架のまま救急車へ乗せる。続いて私も同乗した。
救急車を呼んだことはあるが、乗るのは初めてである。
なんだか現実感がなくて私は動揺しながらも、ちょっとワクワクした。
トライアスロンをするほど体力自慢の夫だ。たいしたことはないと高をくくっていたのかもしれない。
 
夫は救急車に乗ったとたん意識がはっきりとして、驚くほどしっかりと受け答えをした。
「すみません。さっきホントに様子がおかしかったので、呼んでしまいました」
と私が謝ると「いや、奥さんいいんですよ。40℃の熱は心配です」と若い隊員。
夫は12月に膀胱結石破砕の手術を予定しており、運良くその病院の救急外来を受診できるという。
なんてありがたいんだろう。
いつもはピーポーピーポーとサイレンを見送るばかりだったが今日はその中にいる。
(お騒がせしております)
私は誰にともなく心で詫びた。
 
病院に着くとすぐに看護師が夫の様子を診てくれたが、医師はなかなか現れなかった。
救急外来には次々と患者が来る。
30分以上待ちようやく現れたメガネの医師は救急隊員から事情を聞くとすぐに消えてしまった。
他の患者と比べ緊急性は低いと判断したのだろう。
その後、熱の原因を探るべく、様々な検査のため夫だけ診察室に呼ばれた。
私は寒々しく広い待合室で夫を待つことになった。
 
待合室のテレビでは夕方のニュースで、パレスチナ・ガザ地区で爆撃された病院の様子を映し出していた。
なんてむごい事をするのか。
それを思えば、清潔な病院で適切な診療がすぐ受けられて、医療保険制度も整っている。
景気の悪さを憂う報道ばかりだが、安全な国に暮らし安心して夫を待っていられる幸せを思った。
 
しかし長い。
待ち時間はとうに2時間は過ぎた。
これでは救急車で運ばれた意味がない。
もしかしたら重大な病気が見つかったのか?
私は少し不安になった。
 
気を取り直そうと売店に出かけ、ペットボトルの紅茶を買って待合室に戻る。
「ねえ、開けて」
私はペットボトルのフタを開けるのが苦手だ。
いつもやれやれと言いながら開けてくれる夫がいない。
私は急に心細くなった。
(このままひとりになってしまったら、私はどうなるんだろう)
いつも夫には強気に出ていたが、彼がいなくなったら私は何もできないんじゃないか?
ペットボトルを開けることさえ頼っていた自分を恥じた。
夫は68歳。
まだまだ元気だと思っていたが、もう私たちはある覚悟をしなければいけない年代なのだ。
浮かれて毎日暮らしていたけれど、「その日」は確実に近づいているのだ。
やっと開けた紅茶を飲んでも、ちっとも美味しくなかった。
 
やがてガラガラと生理食塩水の点滴スタンドを押しながら夫が戻ってきた。
病院の寝間着を着て点滴の管に繋がれた彼は一気に歳をとったように見え、私は目を背けた。
 
「すみません。引き継ぎました○○です」
しばらくして私たちは医師に呼ばれた。
さっきとは別の若い研修医が検査結果を丁寧に説明してくれた。
「今日の結果では特に異常がなく風邪による発熱と思われます」
そう聞いて、糸の緩んだマリオネットのように全身から力が抜けた。
「風邪?」
「はい、風邪です」
研修医の肩には「yukipoyo」と刺繍の縫い取りがしてあった。
(ゆきぽよ? まさかのギャル好きかい!)
心で研修医に突っ込みを入れて、もう余裕ぶちかましている自分がいた。
 
もちろん入院の必要もなく、やっと私たちは救急救命センターを後にした。
夜はすっかり更けて空には満月が白く輝いていた。
「11月の満月のことをビーバームーンって言うの、おまえ知らないだろ」
もういつもの、上から目線の夫に戻っていた。
「ペットボトル開けるの苦労しちゃった」
「悪かったな。心配かけて」
私はいつもの妻に戻った。
 
それにしても感情がジェットコースターのように忙しい1日だった。
病院の待合室にいる時、まさかこうして次の日に優雅にクリスマスリースを編めるとは思ってもみなかった。
 
「禍福はあざなえる縄のごとし」ということわざがある。
災難と幸福、不運と幸運は表裏一体で、かわるがわる来るものとは言うが、凄まじいスピードで禍福を味わった2日間だった。
だが3人の救急隊員や何人もの医療スタッフにお世話になり、結果夫は「風邪」だったのだから、災難だなんて言えない。
この先まだまだ幸せに人生は続くと勝手に信じていた私たちに、神さまがイエローカードを出したのかもしれない。
 
しかし不運と幸運が背中合わせだというのなら、私はこれから出会うかもしれない不運の中にも小さな幸せをみつけ育てていきたい。
リースに赤いサンキライの実を飾りながら、そのとき私の中に小さな覚悟が生まれるのを感じた。
 
 
 
 
***
 
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2023-12-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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