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灼熱の中で見たでこぼこ道は私そのものだった


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:近藤やすこ(2023年・年末集中コース)
 
 
「暑い、暑い、悔しい、むかつく……」
汗とネガティブな言葉が溢れだしてくる。私は仕事の帰り道、ブツブツブツ独り言を言いながら道なき道を歩き自宅に向かう。
 
2011年、私は海外ボランティアとして西アフリカのセネガルにいた。
毎日職場に向かう途中、私は常に近道を試みる。
なぜなら、アフリカの刺すような太陽の光は、日本人の私に精神的にも身体的にもダメージを与えるからだ。これが毎日であれば修行である。
 
しかし、近道も簡単ではない。
その道は、スニーカーの分厚い底を簡単に貫通させる植物の棘が生息していたり、砂漠のような熱さを吸収した砂地であったり、薄汚い豚ややせ細った水牛に遭遇したり、なんとも女子1人で歩くには危険過ぎる道なのだ。
 
ただ、人間は不思議なもので最初の恐怖は何度も何度も体験することで、独自の危機管理ボーダーラインをつくりあげる。最低限の安全確保をしていく中で、段々とこのような環境が私の日常となり慣れるのだ。
 
私は、首都ダカールから車で約4時間かかるファティックという地域に住んでいた。
現在は、インフラが整備され、有料道路ができ約2時間で首都まで行けるようだ。
 
私はファティック県教育委員会に配属となり、3園の幼稚園を巡回しながら日本の幼児教育の技術移転を行っていた。と言えば聞こえはいいが、活動先も、どのような活動をするかも、自身で体当たりしながら進めていった。
 
最初、訪問先の先生たちからは「この子は何者か」という目で見られ、私への質問については教育的なことではなく、日本人と中国人は何が違うのかという話からはじまった。
 
54ヶ国あるアフリカの国々の違いを理解せず、私たちがアフリカ人と呼ぶように、国、文化、言葉が違っても、セネガル人にとったら日本人の私ではなく全員アジア人に見えるのだ。
 
はじまりはこんな出会いだったが、私は特にカルチャーショックなど受けず、日々、自分の仕事を黙々とご縁があった幼稚園で現地の先生たちと一緒に活動を進めていった。
 
活動当初は、私と私の活動に興味を持ってくださる先生とタックを組み、子どもにとっても、先生にとってもメリットのある企画を毎回、毎回、提案していった。
すると、段々と協力してくださった先生のクラスの様子が良い方向に変わりはじめ、あちらこちらのクラスの先生からお声がかかるようになった。
 
1年も経たず私はすっかりセネガルに慣れてしまい不便さや違いが当たり前として楽しめるようになっていた。
 
「あなたはセネガレイズ(セネガル人の女性)だわ」とよく言われるくらい私は現地に違和感なく溶け込んでいた。
 
自身の仕事も生活も安定し、充実しているのにひとつだけ私を苦しめるものがあった。
それが、言語だ!!
 
セネガルはフランスの植民地だったので、公用語がフランス語、現地語は主にウォロフ語が話されていた。セネガルは多民族国家であり、私の任地ではセレール民族と呼ばれる人たちが多く住む地域だったのでセレール語が尊重され話されていることが多かった。
 
セネガルの子どもたちは生まれた時から多言語で生きることを強いられている。しかし、フランス語は学校に行かなければ習得できない。貧富の差があるセネガルでは、学校に行くことができず現地の言語しか話せない人たちも多くいる。言語が話せることは、この国のヒエラルキーを自力で変えることができる武器になるのだ。
 
そんなことは分かっているが、私は日本人だ。セネガルに来る前にフランス語を2ヶ月間学び、現地語のセレール語はセネガルにきてから2週間しか学んでいない。独学で毎日勉強しているのに一向に言語が必要な時に出てこない。
 
そんな自分に嫌気がさし、今日も現地の先生たちに自身が思う教育方針を伝えることができずイライラしながら家に帰る途中だった。
 
「なんで神様は、こんな志高く、思いのある私に言語を授けなかったのだろう。言語さえもっと流ちょうに話すことができたら私はもっと現地の子どもたちや先生たちの役に立てるのに」と自意識は相変わらず高く保ちつつ、言語のことについては本当に悩んでいたのでイスラム教徒やキリスト教徒が多く住むこの地に影響され私も神様に祈ってみた。
 
私が近道をする時に必ず横切る道がある。現在、ファティックの新しい市役所を建設中で、その市役所までつながる一直線の大きい道だ。
 
赤土でゴロゴロと大きい石があちらこちらに散らばってでこぼことしている舗装されていない荒々しい道だった。
 
私はこの道を横切る度に、まるで自身の人生のようだと想いを馳せた。
 
「なんで私はこんなに努力しているのに、言語が上達しないのだろう」私は雲一つない真っ青な空とギラギラ照りつける太陽に向かって何度も、何度も心の中で叫んだ。
 
そんな時、あまり関係性のなかった他の任地の先輩から
「ファティックに行きたいので1泊泊めてもらえないか」と連絡があった。特に断る理由もなかったので私はその先輩と過ごすことになった。今振り返るとその先輩とどのように過ごしたのかは全く思い出せないくらい記憶がない。
 
しかし、何気ない会話の中で先輩が言っていた言葉だけ鮮明に覚えている。
「実は活動が上手くいっていなくって逃げてきたの。私、言語が結構できるから、セネガル人同士の言葉がすごく気になって。私も話せるから結構言い合うし、私のこと文句言っている言葉も分かるからストレスで嫌になっちゃったの。言語ができるからって活動が上手くいくとは限らないんだよ」と……。
 
先輩には申し訳ないが、この言葉ではっとした。
私は言語が得意ではないが現地の先生たちと協力しながら活動は順調だったからだ。
言語ができないことが悩みで、ずっとその沼から抜け出すことができなかった。しかし、毎日、仕事に行かなければいけない。私は言語が苦手であると分かっていたので、事前に活動の企画書を作成し、そこに伝えたい文章を書き、つたない言語でも身振り手振りをつけながらなんとか言いたいことを理解してもらっていた。セネガル人の先生は頭が良い方が多かったので、そういう私の気持ちを十分汲み取ってくださっていた。そして、協力して頂きながら子どもたちのアクティビティを一緒に展開していたのだ。先生の優しさに何度も救われ、全力で感謝の気持ちを伝えるよう心がけていた。
 
災い転じて福となす。
 
自身の力だけで頑張ることも必要だが、人の力をかり、頼ることの大切さを私は学んでいた。そのやりとりがいつの間にかセネガル人の先生と私の信頼関係へとつながっていたのだ。
 
灼熱の中で見たでこぼこ道が私そのものだったと感じたあの日が懐かしい。
 
5年後、セネガルを再訪問した時、市役所の大きな道はきれいに舗装され、見違える立派な主要道路になっていた。
 
 
 
 
***
 
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2024-01-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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