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我が家の波平、家事ヤロウに変身しました


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング実践教室)
 
 
「こんなもん食えるか! 捨てちまえ」
夫の怒声が温かなリビングを一瞬で凍らせた。
紅白では石川さゆりが天城越えを歌っていた。
忘れもしないあれは10年前。家族が集まった大晦日だった。
 
毎年私は12月が憂鬱だった。
クリスマスの準備、プレゼント選び、ツリーの飾り付け。これはまあいい。
だがそれに並行して大掃除、お正月の飾り付け、買い出し、おせち作りが待っている。
その上年賀状まで出さなくてはいけない。
なぜ主婦はこんなに忙しいのだろう。私だけなのか?
ああ年末が恨めしい。
というより、本当に恨めしいのは家事をいっさいしない夫だ。
出がけにゴミを出すくらいしか協力しないあの男。
何か頼んでもやれ仕事だ、仲間との会合だと家を空ける夫を私はとうの昔に諦めていた。
このひとに期待してはよけい疲れるだけだ。
家事の憂鬱は私から次第に笑顔を奪っていった。
 
毎年大晦日には妹や娘達が集まり賑やかに年を越すのが我が家の恒例だった。
そこに夫の怒声が響いたのだ。
原因は私が作った年越し蕎麦だ。
茹で過ぎたのか、細かく千切れてしまった蕎麦を出した私がたしかに悪い。
だが昨日からのおせち作りで私は心底疲れていた。だいいち作り直そうにも蕎麦がない。
「千切れてるけど味は変わらないよ。美味しいよ」と娘がとりなす。
酒の勢いもあり、一度怒った手前あとには引けない夫はなおも言った。
「こんなひどい年越しは初めてだ。ああ気分が悪い」
「私こそ気分悪いわ。まずいもの作ろうとして作っているわけじゃないわ!」
負けじと言い返した私を睨むと、夫は大きな音を立ててリビングを出て行った。
妹や娘達の前で大人げなく喧嘩をしてしまった。
申し訳なさと恥ずかしさ、そしてなにより悔しさが肚の底からこみ上げてくる。
ネガティブな感情が渦巻き私は最悪の気分で新しい年を迎えた。
 
夫は昭和29年生まれ。今や昭和の遺物のような「ザ・亭主関白」だ。
普段はとても明るく楽しい男だが時々雷を落とす。
さしずめ、ちょっと毛のある「磯野波平」といったところだろうか。
物静かな父を見て育った私は、時々落ちる雷にいつまでたっても慣れることはなかった。
彼のお日様のような明るさや温もりは好きだが、二人きりの老後に不安を覚えていたのも事実だった。
 
2018年同居していた義父が亡くなり娘たちも独立。家族の形は大きく変わった。
そして夫は定年後の再雇用で週3日勤務となった。
私たちは思い切って家を手放し、憧れていた湘南の小さなマンションに移り住んだ。
今までとは違い、狭いワンフロアでは互いの一挙一動がイヤでも目に入る。
夫は私の家事仕事の多さと段取りの悪さに驚いたそうだ。
「手伝おうか?」私はこの言葉をずっと待っていた気がした。
「え! ほんと? 嬉しい」
その言葉をきっかけに水仕事、洗濯機の使い方、掃除の仕方、ゴミの出し方など私はひとつひとつ丁寧に教えた。
たとえ水仕事あとの床がびしょびしょでも「嬉しいな~」「助かる~」「あなたが洗うとグラスピカピカだよね」と褒めちぎった。
私の魂胆が見え見えでも、褒められるのはやはり嬉しいらしい。
私はまるでくもんの先生のように、家事ヤロウへの階段を1段ずつ登る夫を褒め、讃え
長い目で見守った。
 
夫が家事に慣れるにつれ、私のアバウトな家事仕事が浮き彫りになるという思わぬ誤算もあった。洗濯物やレジ袋など私よりずっと上手にキッチリたたむ。
「お前のたたみ方は、なっちゃいない」とこれは夫の仕事になった。
夫は元々几帳面な男だ。
かつて住宅メーカーの現場監督だった彼は、ユニットバス浴槽の「エプロン」と呼ばれるパネルや浴室のドアまでも器用に外して掃除する。
私には絶対に真似できない家事の技術は見事だった。
夫は変わった。
関白ぶりはそのままだが、雷が落ちることも無くなり、私は一緒にいる時間が楽しくなった。
 
家事ができるようになった夫の最後の関門は「料理」だった。
簡単な料理さえできるようになれば、たとえこの先私が病気になっても、たとえあの世に行っても安心ではないか。
ところで私の仕事はほとんど立ち仕事だ。カフェで食事を提供し何度も食器を洗う。
好きでしている仕事だが、遅番の日帰ってからまた料理をするのが億劫になる時もある。
「私が遅番の時だけでも、何か作ってくれたら嬉しいな」
ダメ元で切り出してみた。これまで何度も「料理だけは任せる」と言われてきたからだ。
しかし今の夫には時間がたっぷりある。家事への自信もついたはずだ。
「ダメ?」
若い頃と違って上目遣いしてもイタいだけだ。きっと断られる。私は瞳を伏せた。
「じゃあ、やってみるか」
思わぬ答えが返ってきた。
「え! ほんと? じゃあじゃあ、何作る?」
「初めはハンバーグだ」
(ハンバーグか……。いきなりハードル高いじゃないか)
だが気が変わらないうちに、とにかく好きなものを作ってもらおう。
本人のプライドと自主性を大切にするため、レシピサイトだけ教え夫に選ばせる。
レシピ選びから買い出し、料理の完成まで、私は聞かれたらアドバイスするだけにした。
夫は号泣しながら玉ねぎをみじん切りにし、なんとかハンバーグを完成させた。
美味しかった!
その時の夫の嬉しそうな顔ったらなかった。
生まれて初めて作ったハンバーグを、夫はFacebookに投稿した。
顔の広い夫は友人知人から70を超える「いいね」を頂戴しさらに有頂天になった。
「おい、次は何作ろう?」
私はシメシメとキッチンでひとり笑いをこらえた。
 
夫が料理を始めて約1年が過ぎた。
私の予想をはるかに超えるほど、彼は料理にはまりどんどん腕が上がった。
テレビで料理番組をチェックし、Instagramで料理人をフォローしたりする。
加えて私たちは「今夜何作る?」というグループLINEを作った。
夫が作ってみたいレシピ、私は作ってもらいたいレシピをInstagramからここに投げておく。
動画を繰り返し見ながら新作に奮闘する夫の姿も、見慣れた光景となった。
 
先日は肉じゃがを作ると張り切っていたが、珍しく失敗したようだ。
見た目はいいが食べてみるとなんとも間の抜けた味だった。
「なんで失敗したんだろう」激しく落ち込む夫に
「でも上品な味だよ。悪くないよ」私は言葉をひねり出した。
夫はさらに思わぬことを口にした。
「今まで本当に悪かった」
「え?」
「今までお前の料理に言いたい放題だった……」
溜飲を下げるとはこのことか。
「今まで何度も『こんなもん食えるか、捨てちまえ』って言われたよね」
「まずいものを作ろうとして料理するわけじゃない。ただ一所懸命作っても結果美味しくないこともあるのよ」
「そうだよな。よくわかったよ。この歳になるまでわからなかったオレは本当にアホだ」
夫はまずい肉じゃがを頬張りながら、しきりと反省した。
私の積もり積もった長年の悔しい想いが、氷のように溶けていく気がした。
 
夫はこうも言った。
「お前を1日1回笑わせること。ここに越してきたとき、それをオレの課題にしたんだ」
そうだったのか。知らなかった。
そんなにも私は笑顔が少なくなっていたのか。
夫を変えることに懸命だったが、一番変わらなきゃいけないのはこの私だった。
たしかに家事ひとつ取っても「こうせねば」という思い込みが強く、自分をがんじがらめにしていたかもしれない。
「お前、この頃前よりずっと笑うようになったよ」夫に褒められ私は照れた。
 
先日私たちは合羽橋道具街を訪れた。
包丁やボウル、ピーラーに食器にエプロン。
かつては1ミリの関心も無かった数々の戦利品を前に、料理への闘志を燃やす彼が微笑ましい。
ひとって何度でも生まれ変われるんだ。年齢なんか関係ない。
そう思った時、微笑みは爆笑に変わった。
自らの手料理でサイズアップしたのか、ピッチピチのエプロンのボタンが留まらない。
まったく笑わせる男だぜ。
 
 
 
 
***
 
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2024-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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