メディアグランプリ

EV車の現実


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松浦哲夫(ライティング実践教室)
 
 
「え、なぜEV車にこんなものを積んでるのですか?」
 
私は驚愕した。そしてそれこそが、世界中を席巻している電気自動車(以下、EV車)の現実を、そして問題点を如実に表すものだったのだ。
 
数ヶ月ほど前になるだろうか。私はとある雑誌社の依頼によりEV車に関する記事を書くことになった。単発の安い仕事だが、記事のクオリティーは絶対に落とさない。いつもどおり全力投球での業務遂行だ。
 
今回は私自身がインタビューを行ない、その記事を書くというものだ。インタビュー相手は私自身で決めて良いという。かなり自由度の高い依頼ではあるが、依頼主はどうやら私の過去の記事を読んで信頼してくれていた。これは後で知ったことだが、私ならば依頼を丸投げしても大丈夫だと思ったらしい。私としてもその方がやりがいを感じる。
 
ただ、そこには依頼主の意図も含まれる。数年前からガソリン車に取って代わるエコな車としてEV車が注目されているが、一方で、多くの問題もとりだたされている。そこで、単なるEV車称賛記事ではなく、EV車の真の姿をあぶり出そうということだ。実に面白い。私自身も知的好奇心がくすぐられた。
 
さてインタビュー相手だが、今回の記事の場合、やはり実際に普段からEV車に乗っているオーナーがふさわしいと考えた。普段の足として乗っていれば、良い点も悪い点もよくわかるはずだ。しかし、思いつく限り私の周囲にEV車のオーナーはいない。ならば、知り合いを通じてEV車オーナーを紹介してもらおうという作戦に出た。つまり、友達から友達を紹介してもらう「友達の輪」方式だ。これならば、いずれEV車オーナーにたどり着くだろう、というわけだ。
 
早速私は車愛好家の友人に連絡をとり、事情を説明してEV車オーナーへの人脈を探り始めた。すぐにたどり着くとは思っていない。運が悪ければ長期戦もありうる。
 
ところがEV車オーナーはすぐに見つかった。なんと車愛好家の友人は思いの外顔が広く、2年ほど前にEV車を購入して愛用している会社の社長がいるという。これはラッキーだ。私は出来るだけ早くその社長を紹介してもらうように友人に頼み、1週間後に会えることになった。会う場所は人里離れた駐車場だ。社長は趣味の車を楽しむために郊外にガレージ付きの家を購入したという。どうやらかなりの車好きの方らしい。
 
1週間後、私は自身の車で待ち合わせ場所に向かい、約束の時間の少し前に到着した。私はEV車を間近で見たことがなく、内心ワクワクしながら、EV車オーナーである社長の到着を待った。
 
すると真っ白な車が駐車場に入ってきた。陽の光に照らされてその車はピカピカに光り輝いていた。まるで車自体が光を放っているかのようだ。そして何よりもエンジン音があまりにも静かだ。いや、車から放っている音はモーター音というべきだろう。車の扉が開くと、スーツを着た男性が出てきた。
 
「初めまして、あなたがライターの?」
「はい、松浦と申します。今回はご足労いただきありがとうございます」
 
社長は田山さんと言った。2年ほど前に知人から勧められてEV車を購入したという。音はガソリン車と比較にならないほど静かで乗り心地も素晴らしい。ただ、やはり問題点もあるという。
 
「バッテリーの調子は季節によって大きくばらつくね。夏だと、エアコンを使ってもそれなりの距離を走るけど、冬はダメだね。消耗が激しすぎる。それにね、日本では充電設備も整っていないから、EV車での遠出はかなり難しいと思うよ。ただ、近所の買い物にしか使わないという人にはいいかもね」
 
取引先訪問のために遠方に出かけることも多い田山さんの場合、EV車は不向きであるが、取引先に環境への配慮をアピールするためにEV車に乗っているという。
 
「EV車に乗っていれば環境へ配慮していますよってアピールできるし、それは健全な経営をしていますよってイメージにもなるんだ。だからEV車に乗ってる。それにね、俺も経営者だからEV車を作り出す会社の苦労はわかるし、これほどの車を生み出す技術力は本当に素晴らしいと思う。俺自身EV車は大好きだよ。ただね、車の技術力にインフラが追いついていないよな」
 
そういって田山さんは肩を落とした。やはりどれだけ素晴らしい車を生み出したとしても、それだけで走るわけではない。EV車を充電する設備、インフラが整ってこその車なんだ。田山さんはそう言った。日々忙しく動き回っている田山さんにとって車はなくてはならない最重要アイテムであり、相棒といっていい。田山さんはEV車が自分の会社と似ていると感じることがあるという。
 
「うちの会社は機械部品を作っていてね。自社で研究開発もするし、自社商品を取引先に売り込むこともあるんだけど、受け入れてもらうのはかなり難しい。どれだけ素晴らしい機械部品を開発してもそれを受け入れる体制がないと意味がないんだよ。いずれEV車が日本中、いや世界中を走る日は来ると思う。でもきっとそれはまだまだ先なんだろうね」
 
そういうと田山さんは面白いものを見せると言った。それは、EV車が抱えている問題そのものを表しているという。田山さんは自身のEV車の後部に私を招き、勢いよく後部トランクを開けた。そしてそこに積まれたものに私は驚くことになった。
 
そこにあったもの、それはなんと発電機だった。一緒に置かれたものはガソリン用の金属容器だ。試しに金属容器を持ち上げてみると、ガソリンが満タンに入っているようだ。
 
「ガソリンがいらないというのがEV車の一番の特徴だったはずだ。ところが実際はこうして発電機を積んでおかないと安心して遠出もできない。当然この発電機はガソリンで動く。結局、EV車って言ってもガソリンが必要になってしまうんだよ。悲しいことにね」
 
そう言って田山さんは自虐的に笑った。私は最後にこんな質問をしてみた。
 
「もしこのEV車が動かなくなったら、また別のEV車を買いますか?」
 
すると田山さんの答えは、意外にもイエスだった。
 
「買うよ。一度乗ってしまうとどんなに不便でもEV車をやめることはできない。会社のイメージもあるしね。でもね、他の人にEV車を進めるかっていうと、間違いなく勧めない」
 
私は田山さんにインタビューが終わったことを告げると、田山さんは笑顔で自身のEV車に乗り込んだ。そして窓を開けて手を振ってくれた。
 
どんなに素晴らしい技術でも受け入れる体制がないと意味がない。田山さんの言葉には自身の経験に基づく重みがあった。そしてその言葉を裏付けるものがあの発電機とガソリンだ。
 
EV車は確かに素晴らしい。これからもっと進化したEV車が誕生するだろう。しかし、受け入れ側が置いてけぼりにされていないか。田山さんはそのことを大いに語ってくれたように思った。
 
今回の記事のタイトルは、そうだな、「EV車の現実」でいこうか。
 
 
 
 
***
 
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2024-02-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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