メディアグランプリ

ぬか床で育った息子が感じる「一番うれしいとき」


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記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
ギャーーーーーーーーーーー!!!!!
顔をしわくちゃにして「緊急事態発生」と叫ぶように泣き続ける赤ん坊を目の前にして、母である私は途方に暮れていた。
 
長男が生まれた約8年前の事だ。
 
長男は五感が鋭く、少しの音や環境の変化に適応することができない子供だった。オムツ・おっぱい・室内の温度、全てをチェックしても尚、夜中じゅう泣き続ける長男をバスタオルにやさしく包み夫婦で揺らしたり、真夜中のドライブに連れて行ったり、ありとあらゆる事を試したがそれらが功を奏することはなかった。
(この人は生まれてくる星を間違えたのかもしれない)
意思の疎通が出来なくて、彼を宇宙人のように感じた。
 
次第に疲弊し、日中何もない時、急に涙がツーと頬を伝う。
少々心を病んでいた。
 
成長するにつれ泣き叫ぶことは減ったが、今度は幼稚園のお友達とのトラブルが絶えなくなった。全方位に発揮してしまう繊細さの反動が、お友達への攻撃性へとなって表れてしまう彼は、むやみやたらに正義感を振りかざしすぐケンカになってしまう。
「お母さん、ちょっといいですか」
担任の先生にそう呼ばれる度、「申し訳ありません」と謝罪をしながら何でうちの子供だけこうなのだろうと辟易した感情が沸きあがってくることもあった。
 
長男に落ち着いたトーンで言って聞かせたところで、一体どこまで響いているのかわからず、空中の空気を必死で掴むような、手応えのない日々を送った。
 
何があっても途中で子育てを辞めることはできない。
(どうか今日は無事に一日が終わりますように)祈るしかなかった。
 
小学校入学してすぐ不登校になった時、最大の試練が訪れた。
教室に入れずメソメソといつまでも泣く長男を見て、私はいつどこで道を間違えたのだろうとぼんやりして頭が働かなくなった。
 
それでも、私が産んだ愛すべき息子には違いなかったし、私が守らなくて誰が守るのかという戦闘態勢にも似た気持ちで必死に育ててきた。
 
風向きが変わり始めたのは昨年の夏頃だった。
いつも眉間にシワを寄せて、よく言えばキリっと、どこか人を寄せ付けないような表情をすることが多かった息子の表情がいい感じにゆるんできていた。カチコチだった餅がトースターで焼かれてぷうーっと膨らむような柔らかさだった。
 
柔らかさを引き出してくれたのは、周囲でずっと優しく彼のことを見守り愛情をくれたたくさんの人たちだった。
 
どんなトラブルでも頭ごなしに叱らずに対話を心掛けてくれた幼稚園の先生、不登校でも優しく声を掛けてくれた担任の先生、フリースクールに通っていた時「こどもが真ん中」と言い続けた校長、歌が好きな彼にのびのびと楽しく歌うことの喜びを教えてくれたボーカルレッスンの先生、そして我が家によく遊びに来てくれるようになった同級生のM君。
 
家族だけじゃない。
周りにいる全ての人々の愛情を存分に吸収して、彼は樹木が大きく根を張るように自分というものを確立してきたのだ。それは到底母の私だけでは成り立つようなものではなかった。
 
表情が和らぎケラケラとよく笑うようになった長男を微笑ましく思い始めたある日、彼は学校からお土産を持って帰ってきた。
 
授業で作成したという『じぶんパンフレット』というものだった。
「これ作ったんだよ、中見て」
手渡してきた手のひらサイズのパンフレットの表紙には「じぶんについて考えてみよう」とある。
好きな遊びや食べ物、将来の夢などページごとに書いてあったが
「へぇ~、いいねぇ」とニコニコしながらめくる私の手があるページで止まった。
 
「一番うれしいときは」の項目だった。
印刷されたその文字の下に、まだ幼くて拙い長男の字で「だっこ」とあった。
それを見た瞬間、水面に落ちた水滴が広がる波紋のように、じわじわと心が温かさで満ちていくのがわかった。今まで苦労してきた子育てが、一瞬で報われるほどのギフトだった。
 
よく泣いていたから抱っこしている時間が本当に長く、その時は必死でわからなかったけれど、抱っこで伝わるぬくもりが長男のなかに浸透していたのかと思うと嬉しくて嬉しくて心に満開の花が咲いたようだった。
 
「おいで」
少し照れる様子の息子を腕の中に引き寄せ、ギュッと抱き締める。お母さんの子供に生まれてきてくれてありがとう。なんだか初めて両想いになれた気がした。
 
とはいっても私が息子にしてあげられる事はたかが知れてる。
やっぱり息子がこうしてすくすくと育っているのは周囲の人たちのおかげだ。
 
そう考えると、子育ての環境はぬか床みたいなものだと思ったりする。
ぬか床は素材の旨みを最大限に引き出してくれる魔法の箱だ。ぬか床は、そのぬか自体をおいしくするために適宜材料を継ぎ足していくらしい。ダシを取ったあとの鰹節や煮干し、みかんの皮、たまにビールを飲ませたり、食パンをやって乳酸菌を活性化させることもあると聞く。
 
ぬか床にすっぽりと収まった息子は、周囲からの優しさやちょっとした刺激に揉まれて、本来持っている良さを引き出してもらった。攻撃性が表に出過ぎていたあの頃より、ずっとまろやかになって、本人も楽しく生きやすそうだ。
 
初めての育児で右も左もわからなかった私も、今となれば少しはわかる。不器用で少々いびつでも、そこに誠実さがあれば子供はいずれ愛情に気づいてくれる。また周囲の人の力もありがたく借りて子供を育てていけばいい。
 
お母さんが君にできることは、よく話を聞いてあげる事と、たくさんのだっこで君の心を満たすことくらいだよ。いつでも君の弾けるような笑顔が見ていたいんだ。
 
 
 
 
***
 
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2024-02-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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