ハンバーグのためには冷やすほうがいいんです
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:オカタツ(ライティング・ゼミ2月コース)
「さすがに冷蔵庫には入れないほうがいいですよね」
「いや、入れて冷やすほうがいいんです」
そうきっぱり言ってくださると、なぜだかスッキリした。
飲み物にも食べ物にも無頓着だった弟が、結婚をしてコーヒーに目覚めた。
「なあなあ、今からコーヒー飲まへん?」
「え?飲むけど、インスタントコーヒーか?」
「いや、豆をコーヒーミルで挽いて、ケトルで沸かしたお湯を注ぐねん。このお湯がポイントでな、熱々はあかん。ちょっとぬるくなったやつが一番いいねん」
そんなことを言いながら、弟が粉末にお湯を注ぎ始めたときは、ただ単純に実家のみんなが驚いた。
コーヒー豆を求めて、奥さんと遠出をすることもあるらしい。
何が弟をそこまでさせるのか。
あったらあっただけ食べるし、飲む。味なんて二の次で、なんでもかんでも食べていた弟の姿は、そこにはなかった。まるで、オシャレなカフェの店員さんのように振る舞う姿に、なぜか人の成長というものを感じて、目に熱いものが込み上げた。
好きな食べ物は、ハンバーグ!
回転寿司を食べに行っても取るものは決まってハンバーグの乗ったお寿司だった。
「お寿司食べにきてるんやで!」というと、
弟は決まって、
「いいねん、美味しいし、このちょっとあったかいハンバーグがいいねん」
などと訳のわからないことを言っていた。
この変化はもはや、あれだ! そう、地動説だ!
プトレマイオスが唱えた天動説が世の中の常識だった時代もあった。
だけれど、「地球を中心に宇宙が動いてるんじゃない! 地球が動いてるんだ!」の説が一般的になった、あれのことだ!
なんていうのかな、カタカナで言うと……そう、パラダイムシフトだ!
わたしの弟を見る目は、それくらい劇的に変化したのだ。
そんな弟に影響されて、我が夫婦もコーヒーミルを買ってしまった。
エクアドル産? グアテマラ産? コーヒーなんて、ちょっと苦くて酸っぱい、どれも一緒だろ! 少し前までそんなふうに思っていた。
コーヒーは、必ずインスタントだった。お湯を注いだらすぐ飲めるから。
コーヒーには、必ずミルクを入れていた。だって苦いの嫌だもん。
コーヒーより、ココア派だった。だって甘いしホッとするし。
そんなふうに思っていたわたしたち夫婦だったが、ちょっと始めてみると思っていたのとは違った。コーヒーって奥が深いんだ。
毎日のようにコーヒーを飲んでいたら気づいた。
豆の違いでも味が変わるし、挽き方でも味が変わるし、保存方法でも味が変わる。
やり方で味が変わりまくる。それがコーヒー。それが面白くて、どんどんハマっていった。
あるとき、弟がわたしにこんなふうに言ってきた。
「ほんでな。この注ぎはじめを見といてな。上手にやったらこうなるねん」
「ほうほう」
注ぎ口が細くなった洒落たケトルから弟がお湯を注いでいく。
「な。ハンバーグみたいに粉が膨らんでいくやろ。これが大事やねん」
ハンバーグって! 昔、おまえがそれしか食べへんかったやつやないか!
と心の中で突っ込みながら、膨らむ様子を見ていた。
この膨らませるのがなかなか難しい。自宅に帰って、わたしが何回やってもうまくハンバーグにならない。弟になんて恥ずかしくて聞けないので、誰かに聞きたい。でも、誰に?
そう思いながら、わたしも豆探しの散歩をしていた。奥さんと一緒に他愛もない話をしながら歩いていると、普段はなかなか来ない商店街の奥まで来てしまった。
路地の奥に、店主さんが一人でやっている小さなコーヒーショップを見つけた。
思い切って入ると、煎りたての豆のいい香りがする。店主さんのおすすめを伺った。
「このエクアドル産がおすすめですよ」
100g、340円。
いい雰囲気の店主さんだ。よし、この人に聞くことに決めた。
「ハンバーグができないんです」
「ハンバーグ? ああ! あのお湯を注いだら豆が膨らむやつですか?」
「そう、それです」言いたいことをすぐわかってくれた。
「どうやったら作れるんですか? やっぱり常温でゆっくり保管しておかないとダメなんですか?」
なぜか、勝手なイメージでそう思っていたわたし。
店主さんは、間髪入れずにこう言ってくれた。
「豆は冷やしたほうがいいんです」
ち、地動説! わたしの頭の中でパラダイムシフトが起こった。
おかげさまで、今では自在にハンバーグを作れるようになったわたしである。
コーヒーを挽き始める皆様、ハンバーグを作るには冷やすにかぎります。
***
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