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突然の訪問者が教えてくれた! 忘れることは悪くない? 


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記事:馬場さゆり(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「今日ね、びっくりすることがあったの!! 家に来たのよ!」
私が仕事から帰宅すると、母が叔父が来たと話し出した。
「叔父さんが? 何しに来たの? ケンカしに来たの?」
私は突然の話の展開に驚いた。
なぜなら私の母と叔父は、10年以上前に祖父が亡くなった後から、姉弟ケンカをして音信不通となっていたからだ。
なんで来たのだろう?
私の頭の中は、疑問だらけになった。
また、揉めたりしないといいけれど。
 
すると私の心配をよそに母は笑顔で答えた。
「びっくりして、私も思わず聞いたのよ。どういうつもりで来たの? って。そうしたら、久しぶりに自転車で近くに来たから、家族には止められていたけれど、顔を見たくて寄ったって言ってた」
顔を見たくて寄った?
ケンカをして音信不通だったのに?
全く意味がわからない。
私は混乱しつつ、母の答えを待った。
 
「話をしたら、なんとケンカしたことをすっかり忘れていたの。少し前に認知症になったって、聞いたでしょう? だからケンカのこと忘れたんだと思う。普通に、家族の近況を話していたから」
そういえば、5年ほど前に噂で、叔父が認知症になったと聞いた覚えがある。
ただ、付き合いがなかったから、家族では「気の毒だね」という程度で、確認はしなかった。
認知症でケンカのことを忘れた?
でも、認知症の記憶障害は近い記憶から忘れていくって言われているのに、10年前のケンカのことだけ忘れるなんてあるの?
私の家に来ることを家族に止められたことは覚えているのに、ケンカだけを忘れる?
もちろん、認知症の症状は個人差が大きいと言われているけれど、それでも都合がよすぎる記憶障害だ。
なんだか不思議で信じられない。
 
私が考え込んでいると母は話し出した。
「それでね。30分くらい話をして帰った」
う~ん、普通に話をしたのか。
でも、母は最後にどう言ったのだろう?
あんなに長くケンカをしていたのだから、最後には言ってやったに違いない。
私は母に言った。
「最後に2度と来るなって言ったの?」
 
母は苦笑いしつつ言った。
「言うわけないでしょう。全部忘れている人に怒っても仕方ない。自分でもびっくりしたけれど、最後に、気を付けて、また近くに来たら寄ってねって、言ってしまった」
えー!! そんな優しいこと言ったの?
信じられない!! 10年もケンカしていたのに。
すごいね。そんなことってあるの?
私は自分の目で見ていないから信じられなかった。
 
それから数か月後、今度は私が家にいるときに、叔父が来た。
以前に比べると、表情は少し乏しかったけれど、元気な様子だった。
 
「久しぶり! 元気にしてた? 仕事はどう?」と、叔父は私に話しかけてきた。
簡単に近況報告をして、普通に世間話をした。
 
叔父と話をしていると、ケンカをして音信不通になっていたことが、夢のように感じた。
小さい頃から私のことを可愛がってくれた、そのままの叔父だった。
母の言った通り、叔父はケンカのことだけを、きれいさっぱり忘れていた。
その他のことは、私の仕事のことも、家族の近況もすべて覚えていたのに。
こんなことってあるの?
認知症の一般的な記憶障害とはまるで違う。
10年前の1つの出来事だけど忘れている。
まさに奇跡のような記憶障害だ。
呆然とする私をおいて叔父は、「また、来るね」と言って、自転車で帰って行った。
 
それから数回、叔父は私の家に訪ねてきた。
そして叔父が最後に訪ねてきてから半年後、電話で叔父が亡くなったと連絡が入った。
 
私には、母が教えてくれた。
「(叔父が)亡くなったって、電話で連絡があった。半年くらい来ていなかったから、悪くなっていたのかもしれない。ケンカしてずっと会えなかったのに、認知症のおかげで会うことができた。それにね、本人が言っていた。今はみんなが親切にしてくれて、幸せだって笑っていた。幸せな時間が過ごせて良かったよね。忘れることも悪くないね。認知症に感謝しないといけない」
その時に、私は思った。
認知症っていうと、悪いイメージしかないけれど、母は感謝すると言った。
それってすごいことだ。
それに、忘れることが悪くないとも言った。
認知症の記憶障害では、本人も家族も不安になったり、悲しんだりすることが多いのに。
 
母と叔父は、ケンカをしてずっと会えなかったけれど、認知症のおかげで昔のように楽しい時間を過ごすことができた。
ケンカのことを許したわけではないけれど、お互いに背負っていた重い荷物を下ろすことができたのかもしれない。
 
今でも私の家族では、叔父の話をするとき、突然訪ねてきた時の驚いた話で盛り上がってしまう。
みんなで話しているうちに笑顔になっている。
もし叔父が認知症にならなかったら、こんな時間を過ごすことはできなかったと思う。
そういう意味では、私も認知症に感謝している。
 
 
 
 
***
 
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2024-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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