メディアグランプリ

「生き方」は「逝き方」に通ず


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:藤岡 ノビー 宏幸(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「息子さんですか? お母様は腎臓に持病があるので抗血栓剤を使えません。大変お気の毒ですが、今後じわじわ麻痺が進行し、半年で意識がなくなるでしょう」
「えっ!」
その瞬間、目の前が真っ暗になった気がした。
2015年12月、私の母は、入所していた特別養護老人ホーム(特養)で、脳梗塞で倒れ、救急搬送された。
駆け付けた私は救急外来の医師から冒頭のように宣告された。
 
10日ほどして、担当医から転院先として胃ろうを行う病院を紹介された。
『胃ろう』とは、胃に管を通し、直接栄養を流し込むことで、麻痺が進むと口から食べられなくなるので延命のためにはそのような措置が必要との説明だった。
 
母は、それまで病院と施設の入退院を10年以上繰り返していた。
まだ元気だったころ、「もしも、みっともない姿になって、あんたたちに迷惑かけるようなことになったら、お願いだから、いっそ死なせてね」とよく言っていた。
その言葉を頼りに「母を特養に戻して延命治療はしません」と申し入れた。
ところが、そう言った直後から自分の言葉に涙が込み上げてきた。
本当にいいのか? 本当に助からないんだろうか? 僕はお母さんを殺そうとしていないか? 一体どうしたらいいんだ?
家に帰ってからも眠れない日が続き、夢に、何か私に訴えかけているような母が出てくるのだ。
 
しかし、ある朝、冷静に考えてみた。
残念でしょうがないが、最初に救急外来の医師が言ったのは、理に適っていて避けられない。母の死を受け入れる覚悟をしよう。それと、母は人一倍美味しいものを食べることが好きだった。やはり延命治療はしないことにしよう。改めてそう決意した。
 
翌年2月24日、母は特養のベッドで穏やかな顔で旅立った。85歳だった。
私は母の手を取り、「お母さん。これで良かったんだね。」心の中でそうつぶやき、目をつぶると、涙があふれてきた。
 
3年後、たまたま、母を看取った話を、理学療法士の友人に経緯とともに話した。
「ノビーさん、私がライフワークの一つとしてやっている勉強会があるの。良ければ、参加してみない?」そう言われ、彼女がスタッフの一人として関わっている「『私の生き方連絡ノート』を書こう会」に参加した。
母の『延命治療の可否』で悩んだ私は、『自分の万一のとき』に、妻が同じような思いをしないよう、希望を文章にしておきたいと思った。
丁度、コロナ禍の頃で、オンラインでの参加だった。定員は毎回6名とのことだった。
 
意外だったのは『これまでの自分の人生の棚卸し』をするワークで始まったことだった。さらに、何を大切にして生きてきたか? 今後どのように生きたいか? も参加者同士で対話しながら進んでいった。
予め送ってもらっていた「私の生き方連絡ノート」は、「もしものとき」に「受けたい医療・介護」・「受けたくない医療・介護」を書きだすようになっていたので、
言わば「自分の逝き方」をノートにまとめよう! と臨んだのだが、思いがけず「自分の生き方」に向き合い、見直し、考える良いきっかけをもらった。
 
自分の価値観に基づいた「受けたい医療・介護」・「受けたくない医療・介護」について他の参加者の考えや感じ方も聞き、自分自身の考えを記入していく。
それまでも何回か開催されているようだったが、私の友人も含む3人の主催者の、寄り添うような、とても暖かいリードに導かれ、気がついたら午後1時に始まった勉強会は4時間を経過しており、窓の外は夕陽に包まれていた。
 
食べ歩きや旅行が大好きな私は、ノートに「自分の口から食べられなくなり回復の見込みがなくなれば延命を希望しない」と書いた。
「余命宣告はしてほしい」「できるだけ自分の好きな場所で療養したい」などとも。
妻には書いた内容を話し、保管場所を伝えた。
この「まだ元気なうちに、将来、自分の意思決定能力低下に備えて、希望する医療や介護の方向性を決めて、家族や主治医と共有しておく」取り組みをACP(Advance Care Planning)というのだそうだ。
その後、偶然、出口治明さんの『自分の頭で考える日本の論点』という著書を読んでいたら、その中で出口さんが「40歳になったらACPをつくろう」と強く主張していた。「日本ではまだ普及途上だが、これから超高齢化社会に向かうことを考えれば必須の制度と言っても過言でない」とすら。
実際、欧米やオーストラリアではACPは非常に普及しているらしいが、
日本では厚生労働省がACPを『人生会議』と愛称を付け普及を図っているにも関わらず、一昨年(令和4年)実施の調査でも一般国民(医療従事者や介護職員以外の人)では、ACPについて、「よく知っている」が5.9%、「知らない」が実に72.1%という、実に残念な認知度だ。
きっと「“もしものとき”なんて縁起でもない!」という思いが根底にあるのだと思う。私も、母のことで悩んだ経験がなかったらそう思ったかもしれない。
しかし、よく考えてみて欲しい。万一、あなたの意識がなくなって救急搬送された際、家族が医療機関から瞬時に決断を求められることすらあるのだ。
予め、自分の「生き方」の価値観を「逝き方」の希望に通じさせた意思を、家族や主治医など関係者と共有しておくことは非常に意義があると思う。
ACPを一人でも多くの人に知って実践して欲しい。そう思うのである。
 
 
 
 
***
 
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2024-04-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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