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何も見えないけど向こうが気になる!


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:美村 悟 (ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
その電話を受けたのは夜19時過ぎ、
「起重機船(超大型の海上クレーン船)から乗組員が海に転落した! すぐ捜索に来てほしい」
これから向かっても現地に着くのは21時過ぎになると伝えたが何としても今日中に見つけてほしいとの事、
水深は約25mなので今日の作業で深い水深に潜っていない5名と向かった。
潜水士という仕事をしていると時として事故や災害時の被災者の捜索を依頼されることがある、
船舶の転覆などまだ生存している可能性のある時は海上保安庁が捜索に入るがその可能性のないときは民間の潜水会社に依頼が来る。
実は電話を受けた時に妙な予感があった、
「今日は俺だな!」予感というより確信に近い、
この感覚を感じた時はほぼ100%自分が見つけてきた。
「今日も自分が当たるのか……」
この時点ですでに20名近い方の捜索を経験していたが何度やっても嫌な事に変わりはない、 もともとビビりで小心者の自分が後輩の手前、平気なふりをして、強がっているが内心は根拠のない恐怖で折れそうな心を自ら奮い立たせて何とかこなしてきた。
 
最寄りの港から潜水機材を通船と呼ばれる工事で使う連絡船に積込み沖に停泊している起重機船に向かう、
船とは言えこの起重機船の船体は約100mもありほぼサッカーグラウンドと同じくらいの規模、この大きさになると船上に居住施設があり海上で生活しながら工事を施工している。
 
捜索の打ち合わせで状況を確認すると、
被災者は起重機船の作業が終わり夕食後に船べりから用を足しているときに誤って海に転落したようで目撃した人がすぐ駆け付けたのだがそのまま沈んで助けることができなかったそうだ。
水深は約25mだが日中の作業で周辺海域の掘削を行っていたので濁って何も見えないだろうとの事、
視界が期待できないので捜索方法を「円形捜索(捜索位置の中心に重りを降ろしそこからロープを頼りに円形に捜索していく)」で探すことを説明、確認し1人目のダイバーが潜水していく、
深い水深で潜水作業を行う際はフーカ式と呼ばれる潜水方式で圧縮した空気を送るホースを使用して長時間の潜水を可能にしダイバーと船上の通話ができるようになっている。
 
「潜行開始します」
「……」
「着底しました、海底から5m位は何も見えません!」
 
「とりあえず円形でやってみます……」
 
濁りがきつくて視界が悪い時や海底付近で作業する場合は海底のヘドロが舞い上がってどんどん見えなくなってくるので最終的には手探りで作業することになるのだが、
通常の作業ではなく亡くなっているであろう人間を捜索する場合かなりのストレスになってくる、
 
真夜中の水深25mで、
まったく何も見えない濁った海底で、
ヘドロの中を四つん這いで
手探りで、
ライトはあっても何の役にも立たない……
自分のレギュレーターの排気音だけが聞こえる、
 
海底にはいろんなものが落ちているので予期せず触れるものにビクッと反応したり、思わず「うわっ」と声が出たり、
足ビレに細いロープや釣り糸が引っ掛かり突然足をつかまれたように感じたり……
自分の脳内でどんどん恐怖のボルテージが上がっていく!
 
最初のダイバーは予定していた時間の半分ほどで浮上してもらった、というのは濁りがひどく何も見えないという事と最初に電話を受けた時の 「今日は俺だな!」という確信がさらに増してきていたからだ。
「どうせ俺が当たるから俺が入るわ!」
時間も深夜になってきているし明日も通常の仕事もある。
 
交代して自分が潜っていく、
「潜行開始します」
水面付近は船上の照明が明るく照らしていたが水深10mを超えるころには真っ暗でライトの光だけが5mほど先まで照らしている、
水深20mを水深計で確認したころには濁りがきつくなってきた、
「着底しました」
1人目のダイバーの言う通り何も見えない、
とりあえず周りの状況を船上に報告し円形捜索を開始する、
最初は中心におろした重り付近を手探りで探す、
この範囲内には何もない。
次に重りに付けたロープを1m伸ばし1mの半径で回ってみる、異常なし。
海底は粒子の細かいヘドロ状で何もしなくても40~50cm位は足が埋まってしまう、田んぼの中を歩いているよう、
一周するごとに1m位ずつロープを伸ばし円周上の左右1mほどを手探りで探していく、
5mほどの半径を回っているころから何故か一つの方向が気になって仕方なくなってきた……
何も見えないけど向こうが気になる!
気になって気になって仕方なくなり円形での捜索をやめロープを持ったままその方向にまっすぐ進んでいった、
何も見えない状況で……
導かれるように、
12、3m進んだところで進むのを止め
ゆっくりと右手を伸ばしてみる、
視界は無いがなぜかそこにいることを知っているかのように伸ばしていく……
その手に ポン! とあたるものが……
「いました!」
船上に報告するが何か変だ、
手探りで確認すると下着だけで服を着ていない!
「いたけど服を着てないよ」
後から聞いたのだがシャワーを浴びて船べりで涼んでいたらしい、
「このままでは上げれないから毛布かシーツ用意して」
亡くなっている方でも裸のまま上げるわけにはいかないので
体を覆う為の毛布とロープを次のダイバーに持ってきてもらう、それまではここで待つしかない。
だがこの待つ時間が長かった!
潜水時間はまだ余裕があるのはわかっていた、
何も見えない海底に二人っきり……
見えないけれど50cm前に横たわっている……
もう動かないのは理解しているはずなのに、
「居なくなったらどうしよう」とか考えだす、
確認するために恐る恐る手を伸ばし触れては自分でびっくりしている、
「頼むからじっとしてて!」とか訳の分からないことを考えながら……
 
実際待っていたのは10分くらいだが自分には何時間にも感じていた。
次のダイバーに持ってきてもらった毛布で体を包みロープで固縛してから船上に引き上げてもらった。
 
捜索の際 相手の位置に導かれるような事は何度もあります、
これは経験から「俺が絶対に上げてあげるから合図して!」と思っているから、
強く思っていると必ずと言っていいほど何かしらの合図があるこれは霊魂とかの問題ではなく意識だと感じている、肉体は一見滅びていても意識は残っていると考えるのが一番腑に落ちるから。
ダイバーという仕事をしている以上避けては通れない事で出来ればやりたくないのが本音ですが時々いいこと? もあり何度か命を助けてもらっています、
水中で重量物が体をかすめて落下してきたり、すぐ上に浮上できない構造物の下で呼吸している送気ホースが破裂して一瞬でエアーが来なくなったり!
普通であれば大怪我か命を落としても不思議ではない状況だったが「何か嫌な感じがする!」とよけたり、引き返して難を逃れたことも、偶然と言ってしまえばそうかも知れませんが今までの誰かが知らせて助けてくれたと思っています。
こういうお礼は助かるのですが、
枕元にお礼に来たり、
暑いなと思った瞬間にエアコンが入ったり、家の中までついてくるのはちょっと勘弁してほしいです。
 
 
 
 
***
 
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2024-04-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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