子供に戻りたくなったらスタンドに駆け込め
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:パナ子(ライティング実践教室)
「あのさ、もし大丈夫そうだったら、帰省したいんやけど、どう?」
帰省の打診を、こんなに遠慮がちにしたことは今までなかった。
無理もない。父が毎日大変そうなのを知っていたからだ。
母が亡くなってしばらくしてから、父は祖父母の面倒を見るためにひとり故郷に帰った。しかし、心身ともにタフで90代後半には見えない鉄人みたいなばあちゃんが、まるでロケットが宇宙に飛び立つみたいに急逝したのをきっかけに父の苦労は一気に加速した。昨年の12月の事だった。
あっという間にばあちゃんが旅立ち、脳梗塞を患って左半身に麻痺があるじいちゃんと父だけが残された。年齢の割に体がよく動くばあちゃんは、じいちゃんの身の回りのお世話をはじめ、家庭のほぼを切り盛りしていた。父は補助的に日常の買い物や病院への車出し、家事の手伝いなどをしていたが、祖母が今までやっていたことも含めて急に全部自分に降りかかるようになった。
電話やLINEでやりとりする父はいつも疲弊しているように見えて心配だった。だから可能なら顔だけでも見に行きたいと思っていたのだ。
「うん、いいよ。お前たちが来たら、その晩は焼肉にしよう」
正月の帰省を打診した際「今はまだ待ってくれ」とお預けにされていた分、珍しく乗り気な父がなんだか嬉しく、私は高速二時間の距離を車で走り、子供たちと共に実家に到着した。
久しぶりの実家を見渡すと、新しくばあちゃんの遺影が追加された仏壇まわりはピカピカに磨き上げられて、床の間には新鮮で美しい花がなかなかのセンスで活けられていた。どれも父がしたものだ。祖父のために入浴サービスを自宅に呼んだり、これまでの日帰りのデイサービスに加え、たまに宿泊型のショートステイを利用することで、少しは父の負担が減ったようだった。父の元来マメで丁寧な部分がまた戻ってきていた。
祖父母が定年退職したあとに建てた家に私は一度も住んだことがなく、正確には「実家」ではなかったが、そこに私を育て見守ってくれた人がいる限り、気持ちのうえでは「実家」で間違いなかった。
「ほら、お前はこれだろ?」
昔よく飲んでいたアルコール度数が低めの甘いチューハイを差し出して父は言う。きっと私が飲んでいたのを覚えてくれていたのだろう。テーブルの上に出した新品のグリルが眩しい。
「こんくらい、食えるだろ?」と言って次から次に父が肉を焼く。
「野菜もあるぞ、どんどん食え」
皿に焼いたばかりの肉や野菜を入れてもらい「あっつ!」などと言いながら頬張っていると、なんだか急に自分が小さい子供になった気がした。普段は「お母さん」として世話を焼く側に完全にまわっている自分が、久しぶりに世話を焼いてもらっている。それがくすぐったくて、嬉しくって、心に安堵の波がじわりと押し寄せるのがわかった。
父も非常にリラックスした感じでビールをよく飲み、子供たちの言動に「アハハ!」と大きく口を開けて笑う姿が微笑ましい。
そうか、と私は思う。
「父の顔を見たい」とか「たまには孫の顔を見せたい」とか理由をつけて帰ってきたけれど、この帰省は紛れもなく自分のためだ。日頃子供たちにエネルギーを与える立場の私が、実家に帰り子供に戻ってエネルギーを注入してもらっているのだ。そう考えると私にとっての実家は24時間営業のガソリンスタンドみたいなものだ。ガス欠でフラフラしても、そこに立ち寄ればいつでも受け入れてもらえるし、ガソリンを満タンにしてもらえる。
でも、知っている。ガソリンスタンドも永久に存在するわけではないことを。それは、若くしてこの世を去った母や、まだまだイケるだろうと踏んでいた鉄人級の祖母があっという間に天国へ行った事が教えてくれた事だ。だからこそ、いま目の前にある父との一瞬一瞬にシャッターを切りながら大事に心の中に収めておきたいと思う。
二泊の滞在が終わり、礼を言って車に乗り込み、いよいよ車を出すという時になって父が言った。
「おい、ちょっと待っとけ!」
小走りでどこかに消えた父が戻ってきた時、その手にはタオルと撥水スプレーが握られていた。
帰宅当時は雨がパラついており、雨のなか帰宅する娘が少しでも車を走らせやすいようにとの父の気遣いだった。
シューーーー!!! 豪快に泡のスプレーを振り撒きせっせとタオルで拭き上げる父を見て子供たちがケラケラと笑う。
「すごーい!! じいじ、ガソリンスタンドの人みたーい!!」
本当だねと笑いながら相槌を打っていたが、不意に鼻の奥がツンとする。結局いくつになっても父からしたら私は守るべき存在なのだろうと思うと、ありがたくて胸がいっぱいになる。じわっと目に染みてきた水をパチパチと強めの瞬きで追い払った後、明るく言った。
「助かった、ありがとう! じゃあまたね!」
「おう」
いつまでもバックミラーに映る父を見つめながら思う。
また近いうちに帰ってこよう、誰のためでもない私のために。
***
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