メディアグランプリ

桜の葉を、枝を、幹を、見よ


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記事:オカタツ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「花見行こっか」
思い立ったが吉日、と言わんばかりに昨日の朝、妻がわたしにそう言ってきた。朝の情報番組で、満開の号砲が日本列島各地で鳴らされている。天気も絶好調。わたしは、妻の提案を二つ返事で承諾した。
「よし、行こう」
さて、わたしの地元、京都伏見の十石舟といえば、江戸時代から今に生きる遊覧船である。その舟の乗船口、弁天橋のかかるあたりの桜は、地元自慢になってしまうけれど、とても美しい。桜の季節になると、十石舟に乗り、宇治川派流を両岸の桜を眺めながら揺られるのだ。前にも後ろにも横にも、そして川面にも、360度桜に包まれたような錯覚に陥ってしまう。それが楽しみで、ついつい毎年乗ってしまう。
 
今日も早くから、行列ができていた。
わたしたち夫婦は、列に並び、桜の木の下で、新年度を迎えたお互いの会社の話に花を咲かせていた。
「なあなあ、わたしの職場に新入社員がきたんやけどな、あまりにも頼りなさそうやねん」
「そっか、そっか。どんなところが頼りなさそうなん?」
「それがなあ、自己紹介の時に、右も左も前も後ろもわかりません、色々と教えてくださいって言ってきてん。オドオドしてさあ」
右も左も前も後ろも……、まるで十石舟から見える桜と一緒だなあと思いながら、自分の職場での自己紹介を思い返してみた。
「なるほどなあ。うちの職場では他職を経験してこられた方が来てくれはったわ。そういえば、その方の自己紹介も、右も左もわかりませんので、色々と教えてくださいって感じのものやったけど、この人は頼り甲斐がありそうやなあって思ったわ」
「へえー、おんなじ言葉やのに、何が違うんやろなあ」
 
妻が、そんなふうに言ってきたタイミングで十石舟の順番が回ってきた。
舟に揺られ、桜の花を見ながら、ふと、前の席に目を向けた。乗っていたのは外国人女性。趣深いピンク色の和服を着ている。
この、ピンク色、和服、というフレーズでわたしが思い起こしたのが、
京都に住んでいる、ある染色家さんの話だ。
たしかテレビ番組のインタビュー企画だったと思う。
美しく染まったピンク色の和服を見て、インタビュアーがその染色家さんにこんなふうに尋ねた。
「この美しいピンク色は、やっぱり桜の花びらで染めておられるのですか?」
それに対して、染色家さんはこんなふうに答えた。
「いや、これは桜の幹の皮を煮詰めたもので染めました」
このわずか10秒に満たない応答に、とてつもない衝撃を受けたことを十石舟に乗る外国人女性の和服姿から思い出したのである。
わたし自身、和服のピンク色は桜の花びらで染められたものであるとばかり思っていた。しかしながら、それは花びらどころか、茶色い幹の皮の部分で染められていたのだ。幹の皮の部分にまで、ピンクの樹液が内包されている。この事実には、目玉が飛び出してリビングをボヨヨンと跳ね回るほどに驚いた。
 
つまり、こういうことではないか。桜の花びらのピンクは、それ単独で美しさを担保しているのではない。葉を、枝を、幹を、桜の全てをもって、あの美しいピンク色を作っているのだ、と。花びらは、その美しさがちょっぴり先端に顔を出したにすぎない。
あのインタビュー番組から、そんなことを考えたのを思い出した。
 
会社での自己紹介も同じではないか。
自己紹介の、言葉、そのものは、ほんの些細なものであって、その言葉に頼り甲斐を感じるかどうかは、人間としての葉や、枝や、幹にかかっている。
そんなふうに思うのである。
妻のところの新入社員も、わたしのところの他職経験者も、同じ言葉を発しているように見えるのだが、その内側を流れているものに違いがあったのではないか。
言葉、そのものだけではなく、それを発する人間全体が、その言葉の価値を形づくっている。
そう考えると、妻とわたしの会社に新しく入ってきた方達たちから感じた頼り甲斐の有無も、なんとなくわかるような気がしてくる。
桜も人間も同じ。花びら単独で美しいわけではない。発する言葉単独で頼り甲斐があるわけではない。どちらも、全身で、それを形づくっているのである。
 
十石舟に揺られながら、そんなことを考えていたら、コツンと妻に眉間を叩かれた。
「もう、ぼーっとして。桜を見て、わたしの話も聞いて」
「ごめん、ごめん。桜きれいやなあ」
「ほんまに思ってる?」
やっぱりそうだ。わたしの全身で形づくらないと、言葉というものは光り輝かないのである。今、身をもって味わった。
 
君の言葉ってなんか軽いよね、とか
なんかその言葉から頼り甲斐を感じないわ、などと言われたことのある方、
(わたしは何度も言われたことがあります……)もしもいらっしゃいましたら、それは言葉だけのせいではないかもしれません。
人としての在り方を見つめ直す良いきっかけと捉えてはいかがでしょうか。
 
 
 
 
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2024-04-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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