上り坂か、下り坂か
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記事:かたぎり(ライティング・ゼミ集中コース)
※この記事はフィクションです。
「じゃあ問題ね! 地球上にある坂のうち、上り坂と下り坂、多いのはどっちでしょう?」
得意げな顔で語りかける彼女を、僕は冷たくあしらう。
「そんなの簡単だよ。同じ坂でも、坂の上から進めば下り坂になるし、下から進めば上り坂になるんだから、同じ数が答えだろ?」
そういうと彼女は不満そうな顔をした。
答えを出すのにもっと頭を悩ませて欲しかったのだろう。
だが僕は、そんな彼女の気持ちをわかっていながらその期待には応えなかった。
いつからだろうか。
彼女にそんなふうな態度をとるようになってしまったのは。
彼女とはいわゆる幼馴染で、生まれたときから家が近く、家族ぐるみの仲だった。
幼いころの記憶ははっきりとは覚えていないが、お互いの家をしょっちゅう行き来したり、地元の花火大会やお祭りなどのイベントに家族同士で一緒に参加したりと、たくさんの時間を彼女とともに過ごした。
家に残る無数の写真たちがそれらの思い出を物語っている。
そうして思い出が積み重なっていく過程で、いつからか僕は彼女に特別な気持ちを抱くようになった。
それは単なる恋心とは違う、友情にも家族愛にも似た、彼女の前でだけ現れる複雑な感情だった。
僕の心情の変化など気にすることもなく、彼女はいつまでも変わらない態度で僕に接してきた。
逆に僕は自分の気持ちを隠すように、どんどん彼女と距離を置くようになっていった。
突き放そうとする僕に、食い下がる彼女。
幼いころとは違い、僕らももうそれなりの大人なのだから、いつまでも同じ関係性ではいられない。
それくらいのことを彼女もわからないものだろうか。
彼女が坂の問題を嬉しそうに出してきたのは、部活の帰り道だった。
別々の高校に通っていたが、家が近いため帰り道によく遭遇する。
いつもだいたいその時興味のあることの話題を投げつけてくるが、今はクイズにはまっているらしく、ひたすらに様々なジャンルのクイズを出題された。
たまに僕が答えられない問題があると彼女はなぜかニコニコした笑みを浮かべた。
先に彼女の家に着いた。
そこで彼女と別れ、僕は一人自分の家へと向かった。
彼女と別れてから家に着くまでのこのわずかな時間が、毎回僕を切ない気持ちにさせる。
単に別れたことが寂しいのか、明るく話しかけてくる彼女に素っ気ない態度をとる自分をどこか情けなく感じるのか。
うまく説明できない気持ちが心を支配する。
家に帰ると母が出迎えた。
ただいまという僕に、間髪入れずに母が問いかける。
「ねぇ聞いた! 芽衣ちゃんのこと!」
芽衣とは彼女のことだ。
「聞いたって何を?」
「あれ、聞いてないの~? 聞いてないならいいわ。本人に直接聞いてね!」
一体何のことだろう。
先ほどまで彼女といたが、それらしい話は一切なかった。
というか、クイズしかしていない。
母が、帰宅直後の僕に開口一番話したくなるような話題なんて一切なかった。
母から聞き出そうとも思ったがすぐにあきらめた。
それよりも、なぜそんな重要そうな話を彼女は僕にはしなかったのだろうか、ということが気になって仕方なかった。
その日の夜、僕はもやもやした気持ちのまま、ベッドに入った。
母は知っていて、でも僕には直接言えないこととは何だろうか。
気になって眠れない。
直接スマホで聞くこともできたが、聞くことに億劫な自分もいた。
聞いてしまったら、何かが壊れてしまいそうな、そんな恐怖心がそこにはあった。
長い夜をベッドで過ごす間に、僕はふと彼女の出したクイズのことを思い出した。
上り坂と下り坂はどっちも同じ数だと答えたが、果たしてそれは本当に正解だったのか、と改めて自分で思い直した。
坂の上から進むときそれは下り坂であり、下から進むときには上り坂になるということは、自分がどの位置によるか、によって答えが変わるのではないか。
例えば、自分がエベレストの頂上にいたとしよう。
それよりも高い位置はこの地球上にはない。
すなわち、すべての坂は下り坂になるのではないだろうか。
その逆も同じことが言える。
そんなことを考えている最中、僕があのとき答えを出した時の彼女の不満げな表情がフラッシュバックした。
僕が正解したとき彼女は不機嫌な顔をして、逆に間違えたときに嬉しそうな顔をした。
思えば昔からそうだった。
何事も僕と張り合うようにしていたのが彼女だった。
かけっこの速さ、腕相撲の強さ、習字のうまさ、成績表の二重丸の多さ。
何でも僕に勝負を挑み、負けると悔しがり、勝つと盛大に喜んだ。
僕はあんまり気にしていなかったが、彼女にとってはとても重要だったみたいだ。
母が僕に彼女のことを言いかけたとき、母はどこか嬉しそうだった。
きっと彼女にとって喜ばしい明るい話題なのだろう。
でも、彼女は僕に自慢しなかった。
そのことがなんとなくどういう意味かを僕にわからせた。
いてもたってもいられなくなった僕は、とっさに家を飛び出した。
ここがどこかもわからなくなるくらい遠くまで走った。
そして知らない坂道の途中で立ち止まり、そのままうずくまった。
言葉にはできない感情が僕の中で渦巻いた。
この先どうすればいいのだろうか。
僕は今どこにいるのだろうか。
僕がいるこの坂は果たして上り坂か、それとも下り坂だろうか。
***
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