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単純化できない話


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:團 雅司(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
人の死は、あっけない。
つい最近まで元気だと思っていた人が、あっさりとこの世を去ることがある。
事故や事件などの場合の例外を除いて、たいていは年齢の順番にこの世を去る。
どれほど仲の良かった友人も、どれほど愛した家族も、今までの歴史に例外はない。
 
かつて、人の死はわりに身近なものだった。
おばあちゃんが息を引き取る前には、孫たちが枕元に集まったものだ。
人間が年老いて、徐々に弱ってゆき、やがてその命を終える。
自分が幼いころは、これらを目の当たりにしていた。
病院の清潔な病室ではなく、薄暗い布団の上で、何日かかけて意識を失い、やがて消えていく命を、子供のころに見たものだった。
 
人間はだれでも、最後の瞬間は同じような状態になる。
どんな町の名士でも、ただ主婦を全うした人であったとしても、亡くなる時にはみな、同じ様子で布団に横たわり、老人特有のにおいを発し、同じような状態になっていく。
身分制度が露骨だった時代は、もっと違ったかもしれないが、私が知っている昭和の高度成長の時代、一億総中流階級の時代にはどの家庭でも同じ状態だったと思う。
そして、我々はそういう体験をした最後の世代かもしれない。
 
最近、職場の上司が亡くなった。
酒が好きで、自由人に見えた。職場の中でもそれなりに出世して、定年を迎えた人だ。
定年後は疎遠にしていたので、亡くなってからその経緯を教えてもらった。
一度消化器系の病気の手術を受けたあと、何年かしてさらに悪性の病気が見つかった。
発見時には手遅れだったようだ。発見が難しいといわれる病気であることは、世間でも知られている。
 
自分たちは、そういう病気を見つけるための仕事をしている。
なのに身近な人間が、そういう病気で亡くなっていく。
こんなことは、毎日のように起こっている。
そして、医療者の心には、重たいものが澱のようにたまっていく。世間の人に言われなくても、自分たちが一番
「この仕事は、本当に意義のある仕事なのか」
を問い続けている。
この問いには、永遠に答えがないこともわかったうえで。
 
世の中の多くの人が、栄養失調などと縁遠くなった現代。
災害現場や貧困家庭という別の問題は存在するが、大部分の日本人は明日をも知れぬ命の危険にはさらされていない。
不景気だと言いながらも、テレビバラエティでは、爆買いと称して、お買い上げの最高額はいくら、などというコーナーがある。
物価上昇が厳しいと言いながらも、宝くじ売り場には大勢の人が並んでいる。
テレビが流す情報を見ていると、本当に世の中は不景気なのかどうかわからなくなってくる。
 
同様の違和感が、健康や、健康診断に向けられたコメントにも反映している。
健康診断などやっても意味がない、と意見を発する医師。
コロナワクチンなど効果はない、と話す医師や製薬会社。
どれを信じるかは、個人の自由にゆだねられている。
だが、本当に信じてよい情報はどれだろう。
事実は、多層である。複雑で、簡単には割り切れないものだ。
 
それとかけ合わせて、個人の見解も多種多様。
そのうえ、意見を発表する人と、しない人がいる。
自分が確認をした本当のことを言っている人がいれば、誰かの受け売りを本当のことのように話す人もいる。
この多層のマトリックスの中で、我々聞き手は混乱するばかりだ。
 
医療の仕事を続けて35年。
自分は医療の最先端にいるわけではないので、最新の治療法についての知識は全くと言っていいほど持ち合わせていない。
ただ、長年続けられてきた健康診断の検査項目がどのような意味合いを持っているのかはわかっている。
何年も経過を観察し、これこれの危険性が高まっている、みたいなことは知ることができる。
 
これこれこうしなさい、とか、あなたはこういう病気です、という事を受診者さん、患者さんに伝えることができるのは医師だけ。
我々医療技術者は、その材料を提供することしかできない。
なんとも頼りない話だが、世の中の大きな物事は、こういう小さな部品によって支えられている。
 
自分の大切な人の健康状態を知るには、様々な方法がある。
会って、話して、顔色を見る。人間が目で見て、普段の様子と比べるような、アナログな方法。
なんとなくそう感じる、という程度の意識。
話してみないと、ろれつが回らないとか、そんなことには気づけない。
これもとても大切だと思っている。

健康診断のように、データを見比べる方法。これも大切だ。血液検査のこの項目、前回のデータと今回のデータを比較してみる。こういうデジタルな方法も役に立つ。
 
多層、といったのはこういうことだ。
物事を単純に一刀両断。シンプルでわかりやすい答えのほうが受け入れやすいだろう。
でも、そぎ落として捨ててしまった物事の中にも、大切な何かがあるかも知れない。
考えるのが面倒くさい、と単純化した情報だけを見ていると、単純化する前に存在した、そして切り捨てられた膨大な情報を見逃している可能性が高い。
人間の一生は、ある時突然終わりを告げる。
面倒かもしれないけれど、誰かに誤解されたり、誤解したりする時間が少ないほうが豊かな人生ではないだろうか。



 
 
 
 
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