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「ありがたい」ことは、本当に「有り難い」ことである

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田苺日子(ライティングゼミ・9月コース)
 
 
ランドセルを背負った娘たちが手をつないで登校する姿──20年以上経った今でも、あの光景は私の胸に焼き付いています。
それは、今でも忘れない光景であり、そして、それは絶対に忘れてはいけない光景であると思うのです。
 
ランドセルを背負った娘たちが手をつないで登校する姿とは、小学5年生の長女と、2年生の次女がランドセルを並べて登校する姿です。
 
ごく普通のこの光景が、なぜ私にとって忘れられない光景かというと、
病気が原因で学校に通うことができなかった長女が、その原因をほぼ解決し、小学校に通うことができるようになり、日常で普通の光景でもある、姉妹でランドセルを並べて手をつなぎ仲良く通うことができたからです。
 
長女は、2歳になった頃、重度のアトピーに悩まされ病院を転々としていました。当時通っていた小児科の先生から「もしかしたらこの子は《化学物質過敏症》という病気かもしれません。」といわれました。
今では、よく耳にするし、病院でも理解していただけるものとなりましたが、30年も遡ると医師の中でも「なんだそれ?」という反応をする人もいるほどのききなれない病名で、もちろん私も「じゃあどうしたらいいのですか?」と、その診断を下した医師に詰め寄ったほどです。
 
医師から「化学物質過敏症かもしれません」と言われたその時、頭が真っ白になりました。解決法は曖昧で、情報も少ない中、とにかく言われた通りに生活を変えるしかなかったのです。どうしたらいいのか目の前が真っ暗でした。 
 
今のようなインターネット環境がなかったため情報収集も難しく、とにかく医師から言われたことをまずは守るしかなかったのです。しかし、そんな中《化学物質過敏症》発症という診断が下されることなく小学校入学を迎えることができました。
 
そんな娘が小学校に入る時に、大きな決断を下さなければいけないことがありました。それは、当時入学予定だった学校が築2年だという事です。これまでいろいろな生活習慣に気をつけてきたけれど、新築の学校に入るというのは、新建材の影響が病気を発症させるのではないかという不安があったのです。
 
医師からは、発症する可能性について明確な答えをもらえませんでした。築1年目ではないという事と、地場産業のヒノキをふんだんに使った校舎だったので、何とも言えないという判断でした。 
入学を楽しみにしていた娘の笑顔があまりにもかわいくてその学校に通わせる決断をしました。
というのも、当時住んでいたのは過疎地で、同じ村の中には小学校はなく、通える学校はその新築の学校のみでした。選択肢はなかったのです。
 
通わせる決断をしたことは後悔していませんでしたが、1年生の後半には《化学物質過敏症》の症状が出ていたのです。家では元気に過ごしていたので、気づくこともなく、また、先生も「ちょっと調子が悪い時があります」ぐらいで、まさかの《発症》だと思っていなかったのですが、2年になり、いよいよ学校に通うことができなくなりました。
 
「学校に行くと、頭が痛い。気持ち悪くなる。なんだか眠くなる。急に熱が上がる」娘の症状は明らかに《化学物質過敏症》の症状でした。学校が大好きなので毎日元気に家を出るのですが、校舎に入ったとたん39度まで熱が上がり、頭が痛いという。迎えに行く。家では熱も下がり元気に過ごす。これを繰り返すようになり、学校が大好きだった娘も登校を嫌がるようになりました。
 
そこから3年間。いろいろな形で学校に働きかけをしましたが、病気に対する理解が得られず、「心の病」として対応されていました。
 
そんな我が家に転機が訪れました。いつものように私の実家(下呂市)で娘と過ごしていたら、たまたま小学校の教師をしていた高校の同級生に会い、「なぜ? こんな平日の昼間にいるのか? (娘は元気に遊んでいるので気になったようです)」と聞かれ、これまでのいきさつを話したところ「学校に行きたいのに行くことができないことは、義務教育を受ける権利を奪っていることになる。今、下呂市の教育長はT先生だから、話したらきっとどうにかしてくれるよ」と言ってくれたのです。
 
そこから話が大きく進み、下呂市の教育委員会から~岐阜県の教育委員会に掛け合ってくれて、特例で3か月間、下呂市の小学校にお試し登校ができることになったのです。今の時代なら対応可能かもしれませんが、当時の岐阜の田舎では考えられない特別措置でした。そして《化学物質過敏症》の症状を悪化させる様々な要因をほぼ対応して、環境を整えてもらったうえでの、娘の登校となったのです。
 
病気の関係ですべての教科が受けられたわけではないのですが、でも、あんなに喜んで学校に行く娘をみることができて本当にうれしかったことを覚えています。
 
そして再び大きな決断をしました。娘が住むことのできる家を建てて、下呂市に引っ越そうと決めました。今でこそ健康住宅の基準も高くなっていますが、当時の基準では、どんな建材を使うのがいいのか情報も少なく、また理解をしてくれる工務店もほとんどありませんでした。また、家を建てたものの、娘が住めるのか? など葛藤の連続ではありましたが、いろいろな人に理解を得て、助けられて、家を建てることができ引っ越しに至りました。
 
そして……本来なら次女の小学校入学にあわせて一緒に通うはずだった光景が、1年半おくれたけれども、手をつないで笑顔で登校する娘たちを送り出すことができ……その笑顔と手をつないで出かけていく光景が私にとって一生忘れられないものとなったのです。 
 
笑顔で手をつないだ娘たちが、初めて登校した朝──小さな背中に揺れるランドセルが、まるで希望を背負っているように見えました。その瞬間、涙が止まりませんでした。あの時までの努力や苦労、迷いがすべて報われた気がしました。
 
その後、娘たちは無事に小学校生活を楽しめるようになり、いつしか健康な日々を取り戻していきました。あの手をつないで登校した朝が、そのすべての始まりだったのです。
 
でも、なぜ今、そんな昔の事をこうして書いているかというと、去年の暮れに、すごく些細なことで娘と喧嘩をしたのです。今思えば、2人の子育てを頑張っている娘に対して配慮がなかったと思うと同時に、今あるこの状況が本当に『有難い』ことで、どんなことも普通ではないのだったという事をふっと思い出し猛省したのです。
 
今思えば、どん底から光を見つけ出すことができたのは、多くの人の支えがあったからです。日々「ありがたい(有難い)」ことの連続であるのだと……感謝の連続であるのだと……思い出させてくれて、娘への怒りも消えていました。
 
と……同時に人生において絶対に忘れられない光景が、忘れてはならない光景であるのだと改めて思うようになりました。
 
 
 
 
***

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