「観測史上初」が日常になる夏に
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:川瀬健二(26 年9 月ライティングゼミwithAI)
子どもの頃、台風は少しだけワクワクした。
こんなことを書くと、不謹慎だと思われるかもしれない。もちろん、台風が多くの被害をもたらすことは、子どもなりに知っていた。それでも小学生だった僕にとって、台風はどこか「いつもと違う一日」でもあった。
ある夏の日、台風が近づき、学校の授業が途中で打ち切られたことがある。迎えに来てくれたのは父だった。会社を経営していた父は忙しく、学校まで迎えに来てくれた記憶は、後にも先にもその一度しかない。だから、よく覚えている。一つ上の兄も一緒だった。傘なんて役に立たないから、レインコートを着て、長靴を履いて、三人で家まで歩いた。坂道には雨水が滝のように流れていた。風が吹くたび、小さな身体ごと持っていかれそうになる。
それでも、不思議と怖かった記憶はない。むしろ僕は、少しワクワクしていた。いつもの道が川のようになっている。いつもの学校が突然休みになる。そして、いつもはいない父が隣を歩いている。あの日の台風は、僕の記憶の中では「災害」というより、父と兄と三人で歩いた、ちょっとした冒険として残っている。
もちろん、昔だって大きな台風や洪水はあった。僕が子どもだったから、怖さを知らなかっただけなのかもしれない。それでも最近、ニュースを見ながら、あの頃とは何かが違うと感じる。猛暑、豪雨、線状降水帯、河川の氾濫。
「数十年に一度」
「これまでに経験したことのない」
「観測史上初」
そんな言葉を、ひと夏の間に何度聞くだろう。しかも怖いのは、それを聞いた僕自身が、「またか」と思うようになっていることだ。異常なことが起きているのに、それを異常だと感じなくなり始めている。もしかすると、こちらのほうが怖いことなのではないだろうか。
「ティッピングポイント」という言葉がある。難しい言葉だけれど、イメージは単純だ。コップを少しずつ傾けていく。少しくらいなら水はこぼれない。もう少し傾けても、まだ大丈夫。けれど、ある一点を越えた瞬間、水は一気に流れ出す。昨日と今日の違いはほんのわずかなのに、ある境目を越えると、景色そのものが変わってしまう。地球の気候についても、科学者たちはこうした大きな変化が連鎖していく危険を指摘している。僕には、地球がいま、その境目のどこにいるのかは分からない。
ただ、この言葉を知ったとき、別のことを考えた。ティッピングポイントを迎えつつあるのは、地球だけなのだろうか。僕たちの「感覚」のほうも、いつの間にか境目を越えようとしてはいないだろうか。初めて「観測史上最高」と聞いたときは驚いた。初めて線状降水帯という言葉を聞いたときも、不安になった。スマホに警報が届けば、外を見た。けれど、それが何度も続くと慣れてくる。
「今年も暑いね」
「また大雨か」
そして画面を閉じる。人間には、慣れる力がある。悲しいことがあっても、少しずつ日常に戻っていける。新しい環境にも適応できる。それは、生きていくための素晴らしい力だと思う。けれど、その力には少し怖いところもある。慣れてはいけないものにまで、慣れることができてしまう。昔の僕にとって、台風は「いつもとは違う日」だった。今の僕たちにとって、記録的な猛暑や豪雨は「今年もやってきたもの」になりつつある。この違いを、僕は見過ごしたくない。
気候変動という言葉は、大きすぎる。地球温暖化、温室効果ガス、海水温の上昇。そういう言葉が並ぶと、どこか遠い世界の話に聞こえてしまう。けれど、本当はもっと身近なところまで来ている。真夏の昼間に、子どもを外で遊ばせていいのか。高齢の親に「暑いからエアコンを使って」と電話する。家を選ぶときには、水害の危険を調べる。大雨の予報が出れば、電車が止まる前に帰宅する。
僕たちの「普通の暮らし」のほうが、すでに少しずつ書き換えられているのだ。だからといって、恐怖に怯えて暮らしたいわけではない。「地球のために、もっと我慢しなければならない」と、自分や誰かを責めたいわけでもない。僕一人が何かをしたところで、明日の気温が下がるわけではない。それでも、できることはある。
自分の感覚を眠らせないことだ。「またか」で終わらせない。大雨のニュースを見たら、自分の住んでいる場所は大丈夫だろうかと考えてみる。暑さのニュースを聞いたら、離れて暮らす家族を思い出す。季節が少しずつ変わっていく気配に、ちゃんと気づく。自然は、人間がスイッチ一つで調整できる機械ではない。僕たちは自然の外側にいるのではなく、その中で水を飲み、空気を吸い、食べ物を育ててもらいながら生きている。そんな当たり前のことを、便利な暮らしの中で、ときどき忘れてしまう。
九月の夜、窓を開ける。つい数週間前まで身体にまとわりついていた熱気の中に、ほんの少しだけ冷たい風が混じっている。虫の声が聞こえる。「ああ、秋が来るんだな」と思う。そのとき、ふと、あの日の父を思い出す。レインコートに長靴を履いた僕と兄。滝のようになった坂道。身体を持っていかれそうな風。その隣を歩いていた父。もう一度あの日に戻れたら、小学生の僕はきっと、台風を少し楽しんでしまうだろう。
それでいいと思う。僕が失いたくないのは、台風を楽しめる無邪気さではない。いつもと違う自然を、「いつもと違う」と感じられる感覚なのだ。暑ければ、暑いと思う。雨の降り方がおかしければ、おかしいと思う。季節が変われば、その小さな変化に気づく。そして「観測史上初」という言葉を聞いたとき、「またか」だけで通り過ぎない。
地球規模の問題を前にすると、僕たちはすぐ「では、何をすればいいのか」という答えを欲しがる。けれど、その前にできることがある。慣れないことだ。「観測史上初」を、時候の挨拶にしないこと。異常なことを、異常だと感じられる自分でいること。その感覚が残っている限り、僕たちは考えることができる。備えることができる。そして、暮らし方を少しずつ選び直すこともできる。
あの日、父と兄と三人で歩いた坂道は、僕の中で今も雨に濡れている。けれど、もし同じような雨が降ったなら。今の僕は、あの頃のように笑いながら歩けるだろうか。たぶん、もう歩かない。身の安全を考えて、雨が収まるのを待つだろう。変わったのは、僕が大人になったからだけなのか。それとも、夏そのものも変わり始めているのか。その答えを簡単に決めつけることはできない。
だからこそ、せめて忘れないでいたい。本当に怖いのは、「観測史上初」が起きることだけではない。「観測史上初」を聞いても、何も感じなくなる夏が来ることなのだ。
≪終わり≫
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