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「着物」という場所


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:桂木(26 年 9 月ライティングゼミ withAI)

 

最初、着物は質屋かネットで売るつもりだった。

 

実家の天井裏を片付けるという話になった時、一番の大物は「着物」だった。

湿気から守るための重くて大きい桐の箱が6個ばかり。

その大半は祖母と母のものである。

何年も天井裏に保管してあったその箱を苦労しておろす。

 

正直、私の頭には「いくらくらいで売れるんだろう」ということしかない。

インターネットで表示された「着物売るなら〇〇」の広告を思い出す。

「振袖なら良いお値段がつくかな」と算段していた。

 

そんな欲深い考えをめぐらせながら、わくわくと蓋を開けたのだった、が……。

 

ミイラ取りがミイラになってしまったのだ。

 

白い紙で包まれた、その日本の織物がなんとも美しいのだ。

生地が、織が、模様が、色が、それは美しいのだ。
まるで美術品のように。

よくよく見ていると模様にも物語があるような気がしてくる。

 

思わず手のひらで布地を撫でる。絹の優しい手触り。

 

美術館でそうするように、遠くから眺めたり、じっと近くで見たりしたくなる。

肩から羽織るだけで自分が高尚な美術品の一部になったような錯覚をおこす。

 

その美しさに魅了され、売る前に、着てみることにした。

それを残してくれた祖母と繋がりたいような気持もあったのだ。

 

着物というのは、布を何枚も重ね、紐を何本も巻きつけて着る。

夏は暑い。着るのは大変。洗濯機でも洗えない。

 

こんなに苦労して、何故着物を着るんだろうか? と時々我に返る。

ぶっちゃけ、大好き! というほどでもない。

日本文化を守りたいという気概もない。

 

もっと扱いやすく、簡単な服はたくさんある。

乾きやすいポリエステル、ゆったりしたシルエット、リラックスできる服。

頻繁に洗濯しても傷んだら買えばいいと思えるほどに安かったりする。

 

着物は対極にある。

しかし、せっかくの祖母からの美しいバトンを活かしたい。

 

ということで、「着物を着る」という目的のために着物で友達とお出かけをした。

悩むのは何処へ行くかというところ。

着物を着て集合した時点で目的は達成しているからだ。

 

とりあえず、涼しくて快適な日本橋のデパートでお茶をすることにした。

 

着付けの練習くらいに思っていたこの日、私はやっと、着物の良さが肚に落ちたのだった。

 

まず、一つは着物は美しい絵画のようなものなのだということ。

 

向かい合って、友人と話しながら、いつもより心が華やいでいる自分に気が付いた。

きれいになった? いや、そうではない。
彼女の美しい絞りの青い着物。それがずっと目に入っている。

晴れた日の青空のようなきれいな青地。

そこに描かれた白く縁取りされた華やかな花は雲のようにも見える。

祖母と一緒に仕立てたというそれは、堪能するに値する美しいものであった。

 

感心しながら、いや、私のも自慢の着物だと思って、気づいた。

当たり前だが、自分が着ているお気に入りの着物は見えないのだ。

そうかと腑に落ちた。美しい着物を一番楽しめるのは、一緒にいる人なのだ。

きっと彼女は私の着物の美しさを楽しんでいる。それで良い。

 

着物で歩いている人を見たら、絵画を鑑賞するように着物を眺めてみるのも面白い。

着物や帯の柄はその作り手の気持ちが、そして、その組み合わせには着ている人の気持ちがあらわれている。

着物は一緒にいる人やすれ違う人を楽しませる、美しい絵画のようなものなのだ。

 

さて、もう一つだけ、着物の良さをお伝えしたい。

それは、神社へ入った時の様な神聖な気持ちを生むということだ。

そう、着物はパワースポットなのだ。

 

日本橋に行った日、着物を着ているとすべてが丁寧になることに気づいた。

歩くにしても一歩一歩感じながら足を出す。

お茶を飲むにも丁寧に持ち上げる。

 

気取っているのではない。そのような気持ちに自然になるのだ。

 

その丁寧さは言葉にもあらわれる。

実はその日、私たちの会話はいつもよりぐっと深くなっていた。

なんのごまかしもなく、心から話せるのである。

普段なら重くならないようにカジュアルな話題を選ぶ。

だいたい女子の会話は美味しかったものの話が多いのではないだろうか。

ところがその日は、人生観や死生観など重めの話題をサラッと話し盛り上がった。

 

いつもと違う格好だから、新鮮な気持ちになっているのかもしれない。

 

しかし、帰りに寄った「琉球の民藝展」で目に入ってきた言葉にはっとしたのだ。

 

「沖縄の人達は只世俗の人間が、身を飾るための織物を織っているのではない。それよりも魂へ着せる着物をつくるのである」

柳宗悦という人の言葉だ。

 

なるほど、沖縄に限らず、織る人の心にはこういう気持ちがあるのかもしれないと思うと、着物を着たときの感覚が納得できる。

丁寧に作られた布地をまとっていると、心が豊かになるような、大事にされている気持ちになるのだ。

 

高級な物を着ているという自尊心などではない。

 

大事に時間をかけてつくられたものを着るということ。

その着物に包まれると、聖域にいるように、心が静かになると言ったら大げさだろうか。

そうすると、心にある言葉が自然に湧き出てくるのだろうか。

その日、友人の心に触れたような気持ちになった。

私も彼女にとってそうであったらいい。

 

着物にはそのような力もあるのかもしれない。

着れればいい、暖かければいい、ではないはずだ。

心や魂にも作用するのであろう。

 

日常では簡単な服を着る。

機能性の良い服。

 

そして時には着物を着る。

一緒にいる人が、華やいだ気持ちになってくれたら嬉しいから。

そして、自分の心を正すために着るときもあっていい。

 

私にはまだ「魂へ着せる」までの実感はない。心が豊かになる、くらいだ。

魂に響く、そういった着物にいつか出会ってみたい。

 

そして、着物沼が始まったのであった。

 

≪終わり≫

 

 

 

 

 

 

 

 

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