逃げてよかった ―学校の片隅に、僕の知らない世界があった―
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:まつ☆ひで(26年9月ライティングゼミ with AI )
昼休みが大嫌いだった。
給食が終わると、クラスメートたちは友達と集まり、笑い声を上げながら廊下へ飛び出していく。
でも、僕にとって、その時間は少しも楽しくなかった。
「おい、一緒に遊ぼうぜ」
そう言って近づいてきたのは、同じクラスの3人組だった。
彼らの言う「遊び」は、僕にとっては地獄だった。
校庭に連れ出され、3人から次々とボールをぶつけられる。
逃げようとすると、捕まって地面に転がされ、蹴飛ばされる。
時には服を脱がされ、取り返そうとすると、3人は僕の服を持って校庭を逃げ回る。
「返してよ!」
泣きながら追いかける僕を見て、3人はゲラゲラ笑っていた。
僕が必死になればなるほど、彼らは面白がった。
その様子を見て、校庭にいた大勢の生徒たちも一緒になって笑っていた。
僕と目が合うと、さっと視線をそらす者もいた。
誰も助けてくれなかった。
小さく生まれた僕は、幼い頃から体が弱く、運動神経もからっきしだった。
かけっこをすれば、いつもビリ。
ボールを投げても、ろくに遠くへ飛ばせない。
そんな僕は、彼らにとって格好の標的だった。
だから、昼休みが怖かった。
どこかに逃げ場所はないだろうか。
いじめっ子たちに見つからず、次の授業が始まるまで静かに過ごせる場所はないだろうか。
毎日、そんなことばかり考えていた。
そんなある日、ふと思いついた。
図書室だ。
あそこなら、あの3人も来ないかもしれない。
給食の片付けが終わると、僕はすぐさま席を立ち、図書室へ向かった。
扉を開けると、そこには校庭とはまるで違う世界が広がっていた。
聞こえてくるのは、ページをめくる音と、ときおり響く小さな足音だけ。
本棚には、たくさんの本がぎっしり並んでいた。
ほこりの混じった古い紙のにおいが、張りつめた心を落ち着かせてくれた。
僕は適当な場所に座った。
本が読みたかったわけでもない。
ただ、あの3人から逃げたかっただけだ。
何もせずに座っているうちに、予鈴のチャイムが鳴った。
幸い、誰も僕を追いかけてこなかった。
教室に戻ると、3人がじっと僕を見ていた。
それからというもの、昼休みになると図書室へ逃げ込むようになった。
ここなら、誰も僕を追いかけてこない。
もちろん、ボールをぶつけてくる人間もいない。
僕は、ようやく安心して過ごせる場所を見つけた。
だが、毎日通っているうちに、退屈になってきた。
本棚の背表紙をぼんやりと眺めた。
まあ、暇つぶしに読んでみるか。
僕は、目についた一冊を手に取った。
「『怪人二十面相』か⋯⋯なんか面白そうだな」
ページをめくる。
また、めくる。
次のページが気になる。
気がつくと、頭の中を占領していたあの3人の顔がすべて消え去っていた。
僕は、本の中にいた。
チャイムが鳴り、僕は本を閉じて教室に戻った。
本の続きが気になってたまらなくなった僕は、次の短い休み時間も図書室へ向かった。
最初は、いじめっ子たちから逃げるために通っていた図書室だった。
けれどいつの間にか、僕は本を読むためにそこへ向かうようになっていた。
『怪人二十面相』を読み終えると、僕は江戸川乱歩の少年探偵団シリーズを次々に読み始めた。
怪人二十面相と明智小五郎の知恵比べに、すっかり心を奪われていた。
昼休みだけでは、もう時間が足りなかった。
僕は図書室で本を借り、家に帰ってからも夢中になってページをめくった。
やがて、ほかの作家の本にも手を伸ばすようになった。
あんなに怯えていた昼休みが、いつしか「次に読む本を探す楽しみな時間」に変わっていた。
本の中には、僕の知らない世界が広がっていた。
自分とは違う人生をたくましく生きる主人公がいた。
見たこともない場所があり、想像もしなかった未知の冒険があった。
次はどんな物語に出会えるのだろう。
そう思うだけで、胸がワクワクした。
あれから何十年もの月日が流れた。
大人になり、社会に出て様々な壁にぶつかったり、迷ったりするたびに、僕はあの頃と同じように本を開いてきた。
本はいつだって、僕に新しい視点や知識、そして前に進むための勇気をくれた。
書店や図書館に行くと、今でもあの頃と同じように胸が躍る。
考えてみれば、不思議なものだ。
あんなに嫌だった昼休み。
あんなに逃げ出したかった学校。
その学校の片隅にあった図書室が、僕に本を読む楽しさを教えてくれたのだから。
あの日、僕はただ恐怖から逃れたくて図書室に駆け込んだ。
「いい逃げ場所を見つけた」と思った。
けれど、僕が本当に見つけたのは、逃げ場所ではなく、まだ知らなかった世界への入り口だった。
もしあの時、図書室に逃げ込まなければ、今の僕はなかっただろう。
今なら、あの頃の自分にこう言ってやりたい。
「逃げてよかったな」
《終わり》
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