嵐のあとに残るもの《絶対麗度ライティング》
*この記事は、「絶対麗度ライティング」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:伊藤美那(絶対麗度ライティング)
あ、金木犀。
角を曲がった瞬間に甘い香りに気が付いた。
何度目かの【災害級の大雨】を越えて、空は高くなり、風は軽やかになってきた。
夏が、完全に終わったんだな。
そう気づいたのは9月の終わり。あの時の不思議な気持ち。
夏なんて別に好きじゃない。
暑いのは我慢できないし、汗でメイクが崩れるのも嫌だし、日焼けだってしたくない。
それでも秋の空気に、今まで感じたことのないような寂しさを覚えた。
あの人のいない夏が通り過ぎて行ってしまった。
枝豆は、少し固ゆでが好きだったよね。
よく冷えたビールと山盛りの枝豆。
それぞれ本を読みながらあっという間に食べきっちゃって。
どっちが多く食べたか、いつもふざけ合って大笑いしてた。
今年の枝豆は、何だか味気なかったよ。
去年までは、台風すら楽しかった。
大雨や雷が大好きな私は、ワクワクしながら水たまりを蹴散らしてあの人の所まで歩く。
ドアを開けて飛び込んできた私に、呆れたような嬉しいような顔をして『お腹空いてる?』って訊いてくれたよね。
お腹いっぱいになった後は、少し灯りを落とした空間でのんびりウィスキーを舐める。
ちょっと離れて座って、気ままに本を読んだりスマホを見たり。
私の好きな音楽ばかり流していると申し訳ないから、10曲に1曲くらい、あの人の好きな曲をかけてあげる。
黙っていたりお喋りしたり、近づいたり手をつないだり。
時折響く風の音にびっくりしながら、怠惰な猫のように過ごす時間。
たとえ外の世界で何があっても、ここにいれば絶対に大丈夫。
安心してくつろげる小さな巣に籠っていられた15年。
それが今年は。
雷鳴が聴こえても空が光っても、それほどテンションが上がらない。
窓を叩く雨を眺めながら、1人でぼんやり過ごす夜。
つなぐ手も甘える肩も、ない。
それでも嵐は通り過ぎるし、朝は来る。
ほんの少し強くなった自分を感じて、ほんの少し寂しくなる。
暖かな巣に守られなくても、どうやら私は生きていけるらしい。
でも。
それでも。
10月になり秋が深まっていってもなお、あの安らぎがどうしても欲しくなる時がある。
伸ばした手が空をつかむ度、握り返してくれる暖かさを求めて力が抜ける。
声が聴きたくて、スマホを手にとっては諦めて置き直すの繰り返し。
笑顔が見たくて写真フォルダをスクロールするけれど、作ってくれたご飯の画像ばかり出てきて、思わず少し笑ってしまう。
案外平気だなと自信を持ったり、叫び出したいほど苦しくなったり。
風の匂いや空の色で左右される心持ち。
今年30個目の台風が発生、というニュースにふと空を見る。
深まっていく秋の懐かしい匂いに、鼻の奥がツンとなる。
これからも季節が進む度に、切なくなって暖かな巣を恋しく思う時がきっとくる。
でもそれは、今までがとても幸せだった証。
愛され守られていた長い時間に支えられて、自分の足で歩いていく。
願わくは、次は私が周囲の人に暖かい安らぎを与えられる存在になれますように。
それがきっと、あの人からもらった愛情に報いることになると思うから。
***
この記事は、天狼院書店の「絶対麗度ライティング」にご参加の方が書いたものです。
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