身体に、選んでもらおう
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:那須健史(ライティング・ゼミwith AI 9月開講4か月コース)
「あれ、なんか背中が痛いなあ」
横になったマットレスが、硬く感じられる日が増えてきた。
以前は気にならなかった感触だ。寝具を替えたわけではない。
もう十年以上、同じものを使っている。
当時、憧れのホテルで寝心地を確かめて買ったマットレスだった。
家でもあのホテルの気分を味わえる。それがうれしくて満足して使っていた。
しかし、寝具は古くなる。
私の身体も、年月とともに老化する。
以前は心地よかったものが、今も合うとは限らないと実感した。
「買い替えたいなあ、次はどれにしようか」
有名なホテルで使われている。評判のよい素材を使っている。
商品の説明を読めば、どれもよさそうに思える。
実際に寝て確かめてもいたが、今回も憧れだけで決めるわけにはいかなかった。
サイズも大きいので、部屋での存在感も気になっていた。
実は、それ以前から、もっと心地よい寝具はないかと、各地の店を訪ねていた。
気になったものには、実際に横になってみる。
少し腰掛けて柔らかさを見るだけではなく、十分、十五分と身体を預けてみる。
背中や腰がどう支えられているかを確かめるためだ。
そうして気に入ったのが、それまで使っていたものとは仕組みの違う寝具だった。
ただ、この寝具を知ったからといって、買うものが決まったわけではない。
同じ種類でも、メーカーや厚さが違えば寝心地も全く違うのだ。硬く感じるものがある。背中の一部分だけ反発が強いと感じるものもあり、私に心地よいわけでもなかった。
厚いほうがよいのか、薄いほうがよいのか。
説明を読んで考えていたときには、こうした違いを想像できなかった。
実際に横になると、身体のほうが先に違いを感じている。
最終的に、三つの候補を比べた。そのうちの一つが、札幌にある、眠るための道具を集めたセレクトショップにあった。
店主は睡眠改善アドバイザーなど、睡眠関連の資格を複数持っている。
店主が北海道産の木材を使う家具メーカーに勤めていたころから、寝具を相談してきた。
改めて、気に入ったベッドに横になった。
木のしなりをばねにするウッドスプリングと、ラテックスマットレスの組み合わせだ。
腰がしっかり沈む。けれど、背中まで一緒に落ち込む感じではない。
背中は緩やかに支えられている。
身体の場所ごとに、違う深さで受け止められているようだった。
点の集合や平面ではなく、立体で支えられる。
ところが、確認するのはマットレスだけではなかった。
店主から、今使っている枕の素材と高さを聞かれた。素材はキャメル、高さは四センチ。
以前の寝具に合わせ、簡易的に測ってもらって選んだものだ。
自分では、ずいぶん低い枕を使っているつもりだった。
新しいマットレスなら、もう少し低いほうが合うと思う、と店主は言った。
私の体重なども踏まえ、三センチから三・五センチほどのものを提案された。
「ほんまかいな。これ以上、低くするの」
私は店主に思わず言った。
それでも、提案された枕をマットレスと組み合わせて試した。
マットレスを買い替えるときに、枕まで確かめるとは考えていなかった。
私は、そのマットレスと枕を購入した。
寝た感触に納得し、フレームの白っぽい木の色とシンプルなデザインが気に入った。
長年好きだった家具工房が製作したものを、実際に使ってみたい気持ちもあった。
自宅に届いてから、私は一つ実験をした。
新しいマットレスに、以前使っていた四センチの枕を組み合わせ、一、二日寝てみたのだ。
すると、やはり高く感じた。首のあたりに違和感があり、痛くなった。
購入した枕へ替えると、その痛みを感じず、すんなりと今まで以上に心地よく熟睡できたのだ。
高さだけでなく枕自体も違うので、わずかな高さの差だけが理由だとは言い切れない。
それでも、以前の寝具で合っていたものが、新しい寝具でも合うわけではなかった。
店主の提案に改めて納得した。
寝具を替えて一年になる。
以前のようにマットレスの硬さを気にすることはなくなった。
高い買い物だったが、何を確かめて選んだのかは、今も自分の中に残っている。
私が選んだものが、誰にでも合うとは思わない。枕を三センチにすればよい、という話でもない。
自分の感触を確かめながら、専門家にも見てもらう。
そのやり取りで、自分では考えていなかった選択肢に気づけたことが大きかった。
寝具の買い替えを考えているなら、店へ行く前に、マットレスと枕を組み合わせて試せるか、今の寝具について相談できるかを尋ねてみてほしい。
そしてしばらく横になり、気になる感触を伝えてみる。
説明を聞いて、もう一度試してみる。
寝具に限らず、長い時間、身体に触れるものを選ぶときには、その時間を取りたい。
評判や憧れも大切にしながら、実際に使う自分の身体にも、選ぶ機会を渡す。
買うと決めるのは、それからでも遅くない。
《終わり》
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