おシッコゥ猶予なし
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記事:木戸 古音(ライティング・ゼミ平日コース)
「アタイはこれからこのチビと、ここんとこで暮らすのかい。
おまえさん、それはあまりに殺生やないかいなァ」
わが愛猫マルがつぶらな瞳を吊り上げて訴えていた。
愛猫マルがつむじをまげたのには、ごもっともな訳があったのでした。
猫とわが絵画個展との絡み合った関係が。
ほんの一週間前、長らく準備してきた絵画の個展が無事終わった。
その約10日間ほど、わが愛猫マルを知人に預かってもらっていた。
知人宅は部屋が、かたづいておらずマルは隠れ処満載のそこで
ルンルン気分であったらしい。
個展期間に作品の一部も売れ、会場でのヌードモデル募集にも反応があり、
おまけ話として、画廊に訪れた70代の女弁護士が子猫を飼いたいという申し出とか、
他愛ないことも含め様々な成果、出来事があった。
わたしはその子猫の件で、知人に相談してみた。
知人は猫の保護グループのメンバーなのだ。
早速にいい子猫を仲介することができた。
弁護士さんに引き渡す間、ほんの一日だけその知人宅にわが猫マルと子猫が、
同室することと相成った。
子猫はもちろんゲージに入れたままであったのだが。
「アタイはこのチビとこれから暮らすんかい。冗談じゃないよ、おまえさん」
とこのとき冒頭のマルのモノローグがあったのでした。
そのうえ、わたしはマルに対して大変失礼な大失言を、やらかしていた。
マルへの表敬訪問とチビ猫君との対面を兼ねて知人宅に出向いた折、
「かわいいね、やっぱり子猫はいいな。マルと交換してよ」
知人宅の物陰にかくれたまま飼い主のこの暴言をちゃんとキャッチしていたらしい。
マルにとってストレスが重なっていた。
さて、そこに事件が起こってしまった。
知人宅でルンルン気分でご機嫌だったマルが部屋の何処かに隠れてしまって
ハンガー・ストライキに突入したのだ。
「焼きもちを焼いとるなァ」
と知人は思ったそうな。
これはいとも意外なことで、ストライキが解除された。
子猫のチビ黒ゲージを玄関外に出した途端だった。
「待ってました」
とばかりマルがどこからか飛び出して来て
餌にむしゃぶりついたという顛末。
「現金なやっちゃな」
と知人はあいた口がふさがらなかったらしい。
個展が終り軽トラック満載の、どでかい作品群が、どさっと再び我が家のアトリエに所狭しと帰ってきた。
それと同時に、マルも久方ぶりに我が家へユーターン。
マルも私も
互いに「やれやれお疲れさん」のはずだった、のだが。
「ほぼ10日のご無沙汰でございました」
ということになるのかどうか。
「むむむ。いやな予感」
と私は気が気でない。
やはりだった。
笑って事を済まされない事態が展開した。
マルは知人宅最後の夜に大小を出したきり3日目になってもトイレに行かない。
よほど腹に据えかねたのだろう。こちらは心配で日曜開診の動物病院へかけこむ。
その間どういうことがわがアトリエで進行していたのか。
画集作成のため、マルにとって見知らぬ5人が入れ替わり立ち代り
出入りして出品作品の撮影に入っていた。
昼の12時半から撮影が終了したのは夜10時過ぎ。10時間が経過していた。
その間、マルに居場所がなく
マルの恨み、つらみがよっぽど、つのったのだろう。
「いったい、アタイのこと、どう思ってんニャン」
マルのストレスが頂点に達していた。
大はともかく、おシッコは猫にとっては命にかかわる。一時も猶予ならない。
救急動物病院に走ったしだい。
レントゲン、点滴、便のかき出し。
肝心のおシッコは猶予なしなのに、今だに出ない。
ちょうど撮影最中の夕方のこと。
思いもよらない、えらい展開が。
「ガサガサ、ゴソゴソ。ガサゴソ、ゴソガサ」
なんやら我が寝室ベッドのところで妙な音。
「えー。しまった、えー、やられたか」
なんと大中小を「ドドー」と布団の上に見舞っているではないか。
私は呆然。腹も立たない。
「マルちゃんごめん。すべて許す、あ、違った。すべて許しておくれ。私が悪かった。私のハートに戻ってきて」
と私は慌てふためいて答えていた。
布団を抱えて知人にコインランドリーに走ってもらう。洗濯代1500円也。
次の日外出から帰ってきたらまたまた敷布に大中小。1500円也。
次の日も。1500円也。
とうとう四日連続わがベッドに大中小。1500円也。
いまマルは知人宅に再度短期謹慎中、ではなく僕から避難中。
はて今回は短期で終わるのだろうか。
知人宅ではきちんとトイレでの儀式を行っていると聞く。
私としては全く情けない限り。それとも、これでよいのか。
猫のいないアトリエの窓を観音開きに全開する。明らかに空気が異なる。
この開放感溢れるアトリエの佇まいは、本当に何ヶ月ぶりであろうか。
私自身の門限も気にしなくなった。このままマルは二度と我が家に戻ってこないのか。
私は久しぶりに独身生活を謳歌していていいのだろうか。
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