メディアグランプリ

あの日に帰りたい(?)


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:河野裕美子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「今、戻りたい」
そう言ったら、なぜだか涙があふれてきた。
私を見つめていた娘の目も、みるみる赤くなり、私たちはこらえきれずに涙を流したまま、しばらく見つめあっていた……。
 
発端は、娘がゲーム機を隠し持っていたことによる。
見たこともないゲーム機本体が、娘のバッグから転がり出たのだ。
娘は明らかに「しまった!」という態度で挙動不審となった。
とっさに、気づかなかった振りをしようかとも考えたが、やはりここは母親として、見過ごす訳にはいかないだろう。
「それは、どうしたのか。見たことないけど」
娘は、最初はちょっとごまかそうとしたが、無理だと腹をくくったのか「自分のお金で買った」と白状した。
お年玉を貯めていて、それを遣ったと言う。
出して見せるように、と言うと「壊さんでね!」と泣き出した。
そう。娘には前科があり、夫からゲーム機本体を折られたことがあるのだ。こそこそと隠れてゲームをしていたからだ。
ゲーム機は親戚からもらったものであったため、実質娘の損害はゼロなのだが、ゲーム機を折られるという衝撃は凄まじかったようで、しばらく私ですらトラウマだった。
そんなことをするのは、高嶋ちさ子くらいだと思っていたので、まさか夫がちさ子になるとは驚きだった。
私がゲーム機を折る訳はないが、ちさ子に見つかれば、分からない。
とりあえず話を聞かねばなるまい。
 
娘は中学生なのだが、結構多忙だ。
学校へ行き、部活動をこなし、帰ったら宿題を解かねばならない。
加えて、週に3日は塾もある。
片付けが苦手な娘は、部屋も散らかり放題で、学校や塾からのプリントで床が見えなくなるので、時々私にキレられ、大掃除をしなければならない羽目になる。
娘には、宿題を終わらせ、部屋もきれいな状態であるなら、いくらでも好きなことをしていいと言ってある。もちろんゲームもOKだ。
しかし、そんな幸福な時間は、いつになっても訪れはしないのだ。
宿題は終わらないし、部屋は片付かない。部活と塾でくたくたになり、泥のように眠る毎日だ。
土曜日と日曜日は、学校が休みだが、宿題と部活はゼロにはならない。
やらねばならないことは山積みなのに、その上ゲームなんて、する必要があるのか?
「息が詰まるんだよ! もっと自由に生きたいの!」娘は泣きながら怒鳴った。
なるほど。娘の言うことも一理ある。が。
「お母さん、受験前の1年間は、テレビ見たことなかったよ……」
私もまた、時間に追われた青春時代を送ったのだ。
 
私が中学、高校の時は、土曜日も、半日学校があった。
部活動は毎日あった。土曜日もあったし、日曜日もあった。
家に帰ったら、私を待ちきれない家族は、先に夕食を食べていた。
ご飯を食べたら、宿題と予習をしなくてはならなかった。
眠くてたまらないから、朝早く起きて勉強しようと思うのだけど、起きたらいつもの時間だった。
予習が終わってないから、休み時間はなかった。トイレに行くのがやっとだった。
あの時を振り返ってみて、娘に言った。「今、高校生に戻りたい」。
そう口にしたら、涙があふれたのだ。
 
「高校時代の私は、多分人生で一番忙しかった。
勉強と部活ばかりだったけど、でも楽しかった。
そんな時間を送れるのは、中学・高校の6年間しかないんだよ。
長い人生の、たった6年しかないんだよ。
22歳で就職して、定年まで働いたら、40年近くあるんだよ。
ゲームはその時でもできるんだよ。
でも、勉強と部活に明け暮れた日々には、戻りたくても戻れないんだよ。
お母さんはあんたがうらやましいよ」
 
それを聞いた娘が泣いたのは、なぜだか分からない。
青春のはかなさを感じたのか、それとも過ぎ去った青春を懐かしむ私に罪悪感を覚えたのか。いずれにしても、優先すべきことが何なのか、少しは分かってくれたように思う。
 
ところで、神様に「いつでも好きな時代に戻してあげるよ。いつがいい?」と問われたら、いつと答えますか?
私の答えは、「戻らない」です。即答です。
娘にはあんなことを言いましたが、あれは嘘です。涙は本物だったけど。
 
青春時代の記憶は、今でも私の中できらきらと輝き、3番目に大切なものである(1位、家族 2位、自分の命)。
でも、私の人生で最も多忙だったのは、育児中であるし(ほんとに寝るのがやっと)、記憶がない中で戻ったとしても、同じことの繰り返しで何の意味もない(実際、今この人生だって、記憶がないだけで100回目の人生かもしれないのだ)。
記憶がある中で戻ったとしたら、この脳みそで、もう1回微分積分解くのんかい!?
英単語も、覚えるより忘れる速度の方が速いに決まってる!
 
あんなに多忙な青春時代でも、心に残るイベントも、めんどくさくて恥ずかしい友情物語も、そしてもちろんほろ苦い恋もあった。
振り返ってみるから、美しい日々なのだ。
あの時に戻ってやり直したら、今の私にたどり着けない。娘にも会えない。
 
今、娘は美しい時空をさまよっている。
はたから見ても、それはそれはきらめいて、うらやましく思う。本心から。
今は不自由に思っても、振り返れば宝物のような時代だったと、きっと思うよ。
私のように、思い返すだけで胸が熱くなる日が、きっと来るから。
とりあえず、その床のプリントを片付けようか……。

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2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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