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「ミルクを下さい」と言える勇気を!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:三木智有(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「ミルクお下げしますね」隣の席を片付けていた店員さんが、さり気なく僕のコーヒーミルクを下げて行った。下げられてしまったが、このミルクが実は欲しいのだ。たったそれだけのことだが、なかなか店員さんに声をかけることができなくて、モジモジとしてしまう。
そもそも、自分の要望を人に伝えることが苦手なのだ。
 
 
小さい頃から人見知りだった僕は、自分から何かを伝えることがなかなかできない子どもだった。
本当はもっと食べたいと思っていても給食のおかわりができない。
友達同士が何か楽しそうに遊んでいても、自分から声をかけることができない。
大人になっても、懇親会などでは自分から話しかけることができないから、ケータリングの前に張り付いて「僕は話す相手がいないんじゃないですよ」とばかりにじっと眺めている。それなのに「あいつガッツいてんな」と思われるのも恥ずかしいから、お皿の上はわりと小盛りだ。
 
とにもかくにも「あいつイタい奴だな」って思われるのが怖いのだ。
 
「自意識過剰だよ。誰もお前のことなんてそんな見てないし、興味もないよ」と言うのは、こんな小心者の悩みなんてこれっぽっちもわからないコミュニケーション猛者からのありがたいお言葉だ。
だけど、思い返して欲しい。
 
「あいつまたおかわりしてるよー。だから太るんだよなー」
「なんか、やたら名刺交換しまくってる奴いたけど、あれヤバくない?」
「あの客マジで面倒くさい」
 
と思ったり、誰かとの会話のネタにしたり、嘲笑していたりした経験は皆無だろうか?
もしも「そんな風に人のこと思ったことなんてない! そんな風に思う人なんてこの世にいるの!?」って方はもう結構。おそらく僕とは永遠にわかり合うことはできない。
だけど「あー。そう言えばたまにはそのくらいあるよ」と思ったとしたら、
 
「ほら見ろ! 自意識過剰なんかじゃないじゃないか!」
 
と喪黒福造(もぐろふくぞう)ばりに、「どーーーん!」と指を指したい。
 
そして、ここでしっかりとカミングアウトしておきたい。僕自身、人に対してそう思うことはままあるのだ。
恐らく。世の小心者&人見知りさんは、心の中にそういった子鬼を飼っていることに自覚的なのだろう。
僕は、自分の中にいる小鬼と同じような小鬼を、人の中で発動させてしまうのが怖いのだ。
 
 
だからもし、ここで「さっき下げられてしまったミルク、申し訳ないんですがもらえますか?」などと頼んだ場合、
「まだ使うんだったら、さっき下げたときに使うって言えよ」と思われるんじゃないかとか「え? カップの中に珈琲少ししか残ってないのにミルク使うの?面倒くさー」と思われたり「忙しいのに何言ってんだよ」などと店員さんの中で小鬼が発動するんじゃないかとドキドキしてしまうのだ。
 
他人の小鬼を発動させるくらいなら、ミルク無しで残りの珈琲を飲み干したって構わないかも。
 
何回もそう思ったが、僕はまだミルクを諦めきれないでいた。
 
実はこの2週間、僕はカフェイン抜きをしていたのだ。
もともと珈琲が大好きで、学生時代は専門店でバイトをしながら「自分の珈琲店を出したい」と夢見ていた程だ。
 
こうして珈琲にはこだわりを持っていた僕もバイトを辞め、夢も忘れ、いつの間にかただの珈琲好きになっていった。
 
そんなわけで、日中の飲み物はほぼ珈琲だ。
特に夏になってからはアイスコーヒーのボトルを常備して、水のように飲んでいた。
 
そんな中、「カフェインを抜いたら体調がよくなる!」という情報を手にした。
「寝付き・寝起きがよくなる」「身体が軽くなる」「日中の眠気がなくなった」などなど。
眠りの質向上に、もしかしたらカフェイン抜きが効くかもしれない。しかも、どうやら2週間で身体の中のカフェインは抜けきってしまうと言うではないか。
 
そこで、一旦2週間でカフェインを抜ききり、そこからは量を定めて大好きな珈琲を「楽しもう」と決めていたのだ。
 
 
そして、今は珈琲は1日1杯と決めている。
この1杯がとにかくめちゃくちゃに美味い。水のように飲んでいた時にはすっかり忘れていた珈琲の美味さと感動を再発見したのである。
 
制限を決めた珈琲。せっかくなら美味しいものをちゃんと飲みたいと思うのは当然である。
今日は銀座の喫茶店で1杯900円もする珈琲を頼んだのだ。1杯900円。もはやランチ代よりも高かった。
 
僕には珈琲店時代以来のこだわりの飲み方がある。
ブラックで半分飲み、砂糖を入れて残りの半分を飲み、最後にミルクを入れて飲み干す。
これはアイスでもホットでも同じ。そうして全ての味を楽しみ切るのだ。
 
ちゃんとした珈琲店では、ピッチャーに入れた本物のミルクを出してくれる。
これは基本的に使い回しのため、店員さんは早めに冷蔵庫にしまおうとする。
 
だが今日は何しろ、貴重な1杯。僕はじっくり、のんびりと飲んでいたため、もうミルクは使わないと判断され下げられてしまった。
 
しかし! 僕はこの1杯900円もする珈琲を最後まで、徹底的に味わい尽くしたいのだ。しかもここの珈琲は炭焼きでガツンと濃いめの苦味とコクがある珈琲だった。これはぜひ、ミルクでまろやかさをプラスして味わいたい!
 
「ミルクを下さい」
 
この一言がさらりと言えたら。
いや、そもそもミルクを下げられる時に「まだ使います」と言えていたら。こんなに悩み苦しむことなんてなかったのに。
 
 
「ねぇ! ちょっとー!」
僕の隣に座っていたサラリーマン風のおじさんが、突然大声を出した。
 
店員さんがニッコリしながらこちらへ向かってくる。これは千載一遇のチャンスだ。僕のカップの中の珈琲の残り量を考えれば、このチャンスを逃したらもうミルク入りを味わえない。
 
「ちょっとミルクもらえる?」
 
なんと、隣のおじさんもミルクを欲していた! だが、おじさんが飲んでいるアイスコーヒーにはもうたっぷりミルクを入れた後があり、カフェオレみたいになっている。
 
それでも、そんな事は全く気にしない様子で店員さんは、ミルクを取りに行こうとしている! 言うならいまだ! さり気なく。
あくまでも「ああ、そう言えば僕もミルクが欲しかったんだ、そう言えば」という感じで、いま気がついちゃいました的にオーダーしよう!
 
「すみません、僕もミルクもらっていいですか?」
 
やった! 言えた! ついに言えた!
 
でも、ちょっと待てよ。居酒屋じゃないんだから、隣のオーダーが聞こえて「そう言えば僕も」なんてことありえなくないか?
あたかも「こっちもビールおかわりね!」的にミルクを喫茶店でお願いする奴なんているのか?
ずっとミルクを下げられたことを根に持っていたみたいじゃないか。
自分で頼む勇気がなかったことが、バレバレじゃないか。
 
恥ずかしい。自己嫌悪と頼めたという興奮が入り混じった僕は、自分を落ち着かせるために珈琲を一口、二口と飲みこんだ。
 
その後運ばれて来たミルクを入れようとして、僕は目を見張った。最後の楽しみだった珈琲をほぼ、飲み干してしまっていたのだ。
 
ふと横を見ると隣のおじさんは、カフェオレになった珈琲に再びミルクピッチャー1杯分のミルクを注いでいた。
それはもう、ほとんどミルクに近い飲み物になっていた。
 
 
僕は、カップの底が透けて見える程少なくなった珈琲に、もらったばかりのミルクを3滴ほど垂らした。
そして、もうほとんど味もしない最後の1口を飲み干した。

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2018-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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