あの日、君が見せた笑顔はきっと。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:水戸紫央(ライティング・ゼミ特講)
「笑って、泣いて、読書して」、そんなありふれた日々を「幸せ」と呼べるようになったのは、いつからだろう。平凡だけれど、それなりに幸せを感じている私は、時折、ふと、中学の時に出会った同級生のことを思い出す。
―彼は、好きなアイドルに似た名前をしていた。
中学に入って間もない私は、携帯を買ってもらった喜びで、誰彼構わずメールアドレスを交換して、時間を忘れて、やり取りをしていた。
その時に交わしたメールの内容なんて、流行りの学園ドラマ、「〇〇ちゃんと〇〇くんが手を繋いで歩いて帰っていた」などという学年内のありふれた恋愛話、ひどく退屈な授業のことについてなど、思い返してみると取るに足らないものばかりだ。「メールの内容」というよりは「メールすること」自体に意味を見いだしていたのだろう。
今考えると小さなことのように思えるけれど、対して取り柄のなかった当時の私にとっては、目立たないようにかつ排除されないように学校生活を生き抜くためにそれは必要なことに思えた。そして、それが、その時の私の小さな世界の大半を占めていたように思う。
そんなある時、別クラスの友人の一人が「面白い人だから」とメル友として、彼女の同じクラスメイトを紹介してくれた。
アイドルに似た名前をした彼とのメールのやり取りは、思春期の私にとって、ほんの少しの心の騒めきと煌めきをもたらすものだった。
とはいえ、7クラスあると顔と名前が一致しない。そもそも、自分の容姿に自信のない私は、直接会って話をしたり、遊んだりしたいとは思わなかったので、彼がどんな人か、気にも留めていなかった。
そのうち、メールの彼が「普通ではない」ことを知った。彼は、性自認が「女性」だったのだ。メールのやりとりは楽しかったし、好きなものの話をしている中で、何となく感じていたことだったので、別段、彼に対してネガティブな感情は沸いてこなかった。
ただ、正直に言ってしまえば、彼の感情が「女性」であることに、少しだけショックを受けている自分に、ショックを受けたことも覚えている。彼のパーソナリティについて知ってからも、当然のように、やりとりは続いたのだけれど、元々、特別に話が合うわけでも、共通項があるわけでもなかったので、次第に連絡をとらなくなっていった。
月日は流れ、中学3年生にもなると、彼は完全に「有名人」になっていた。髪の毛を外側にハネらせ、身体をくねらせて、内股に歩く彼。鞄には大きなピンクのリボンをつけ、ピンクのペンケースに、ラメの入った大量の色ペン、匂い付きの消しゴムという、中学生「女子」が好みそうなもので身を固めていた。
中学生という集団において、彼は明らかに「異質な存在」で、しばしば好奇な目にさらされていた。〈暴力を振るう〉というような身体的な嫌がらせはなかったように思うけれど、男子がしばしば彼を真似して揶揄し、女子がそれを嘲り笑う……という何とも不快な場面には何度か遭遇したことがある。そうすることが、“普通”であるような空気があった。
あるときは、気立てが良く、優しい友人でさえ、何の悪気もなく、世間話として、文房具屋で、白いファーのついたコートをまとって、ピンクの可愛いボールペンを買っていた、と不快そうに語っていたのを覚えている。
他の子が戸惑いと嫌悪感を表す中で、私には特別気持ち悪いとも、変だとも思わなかった。ただ、そう主張することで、自分が「変」だと思われて、距離を置かれるのが怖くて、一抹の後ろめたさを感じながら、「マジか~~~」と戸惑ったように、驚いて見せた。
もっとも、友人にとっては特別の意味を持つ話ではなく、一つのトピックに過ぎなかったので、すぐに別の話題に移ったのだけれど。
中学生の私は、(……批判されるのだから、隠したらいいのに。もっと上手くやればいいのに……)、そう思っていた。
形は違えど、彼のパーソナリティと、自分が抱いているコンプレックスと無意識に重ねて、憤りすら感じていた。答えの出ない、言いようのない私のモヤモヤを誰にも話せないまま、私の中学生活は、いつの間にか終わりを告げていた。
季節は廻り、高校2年生になった私は、友人と3人で、中学校の近くのゲームセンターに来ていた。意味もなくはしゃぎながら、プリクラに興じていた。
すると、突然、170㎝ほどの、着崩したブレザー、やたらと短いミニスカ、無駄に長いルーズソックス、おそらくウイッグであろう金髪ロングのギャルに声をかけられた。
……私の友達に、ギャルはいない。
派手なタイプに免疫のない私が、明らかに戸惑い、たじろいでいると、「〇〇だよ~!」と彼女は満面の笑みで答えた。あの「彼」だった。
声高らかに、ギャルの仲間と談笑する彼女を見て、本当に素敵だと思った。と同時に、中学生の時に感じた後ろめたさを恥じた。彼女は強い人だと思った。
その後、彼女は、戸籍上も、女性となったことを知った。彼女の未来に幸多からんことを心から願った。
あの頃の彼女の胸の内なんてわからないし、彼女にとって辛いことのほうが多いかもしれない。けれど、あの日見た屈託のない彼女の笑顔は、たしかに、自分のことが大嫌いな自信のない私に、「自分らしく生きる」意味を、「幸せ」の一つの解を、教えてくれた。
もちろん、こういう生き方は簡単にできることではないし、彼女の出した答えが、必ずしも「最善」というわけでもないと思う。考え抜いた先の答えはいくつだってあって良いと思うし、そして、それもまた、一つの値に過ぎないのだと十分に自覚するべきだとも思う。
皆が皆同じ物差しで測っていちゃつまらないじゃないか。
私はもっともっと多くの価値観に出会って、私の物差しの「幸せ」の目盛り(メモリー)を増やしていきたい。
人間、必死で生きていたら、それはきっと何かを生み出す。今日も、私は私で、グラデーションの世の中を、生きていく。
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