非日常を求めて
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記事:三島桃津(ライティング・ゼミ平日コース)
「お兄さん、ここが終点だよ」
バスの運転手のおじさんに言われて、僕はバスを降りる。空を遮るものがない。建物も何もない。整備されていない草っ原とコンクリートの地面が雑然と広がっているだけだった。コンクリートの地面はすぐに途切れて、その先にズラッと船が並んでいる。
船の隣には、防波堤。その先には、海。
金曜日に有給休暇を取って九十九里浜へ1人で行くような意味不明な人間は、東京駅の街頭調査100人に聞いてみても、1人いるかいないかだろう。しかも7月だ。来る意味がない。完全に不審者だ。
そう、自分は不審者になりたかったのだ。
その時の自分は、自分の日常がなんだか決まりきったものになっている気がしていた。平日は仕事に掛かり切りで朝から晩まで仕事のことばかり考えて、休日は家で時間を潰す。もっと何かできるはずなのに。もっと外に出てなにかすればいいのに。でも、そんな気分にならず、部屋の中で布団にこもってばかりだった。
外に出たい。
いつもとは違う、変なことをしたい。
それはなんだろうと考えた時、急に「九十九里浜」という単語が出てきた。
海で友達と遊んだことのない自分にとって「九十九里浜」と言えば、夏の海の代表格で、千葉にあるくせに埼玉県民が沢山集まる場所だという、よくわからない未知の場所になっていた。
そんな九十九里浜に1人で、しかも平日に行ったら、多分人は誰もいなくて、海の景色を全部自分の視界いっぱいにできるんじゃないのか。
そう思うと、アホらしいと思いつつも、そんな景色が見られるのは一生でこのタイミングだけなんじゃないかと思い出してきた。
「そうだ、九十九里浜に行こう」
仕事が一段落した次の日に有給休暇を取り、平日なのに9時過ぎに起きて、電車に乗る。いつもは満員電車なのに、今日はスカスカの電車に乗っている。サラリーマンは少数派で、多数派は主婦のおばさんと大学生くらいの若い人。学生に戻った気分だった。
千葉駅から直通のバスに乗って1時間以上窓から外を眺めていた。山ばかりが見える3車線帯の広い道路。錆びた商店街のお店。広がる田んぼの間に通る何もない畦道。帰省のようだった。あっという間にビルも何もないただの田舎にたどり着き、スマホで調べたバスに乗り継いで、このバスで本当に着くのかドキドキしながら終点まで乗った。
「次のバスが最終便になるから。16時20分。それに乗り遅れたらバス無いから、気をつけろよ」
バスのおじさんの言葉は淡泊で、顔には訝しげさが浮かんでいた。そりゃそうだよなと思いながら「わかりました。ありがとうございます」と言って、バス停から離れる。
磯の臭いがキツイ。防波堤を超えると整えられてないデコボコの砂浜があった。誰の足跡もない、まっさらな砂浜。一歩踏み出すとサラサラの砂が靴に絡まる。砂利にはない変な感触。なんだかいけないことをしているような気がしながら、後ろに足跡がつくのが段々と楽しくなって、先の見えない砂浜をただ歩いた。
砂浜はまるで砂漠のようだった。地平線の先まで人は誰もいなくて、叫んでも何をしても、文句を言う人は誰もいない。つい昨日までの人口密度とは桁が違いすぎて、なんであんなに人の多いところで暮らしていたのだろうと疑問に思ってしまうくらい、とても自由な気持ちになった。
砂浜はまるで雪山のようだった。子供の頃の北海道の冬、下校中にダメとわかっていながらも道路わきの雪山の上をよく歩いていた。雪山の地面には柔らかいところと固いところがある。柔らかい地面を踏むと足が埋もれてしまうのだ。砂浜の盛り上がったところを歩いた時にいきなり山が崩れて足が取られたとき、砂浜にもその特性があるなんて知らなかった。
左隣からは海の波音が絶え間なく聞こえる。途中、海に向かって真正面に立ってみた。思わず眼鏡をはずした。眼鏡のふちに景色が収まらないのだ。普段はなんの不便もなかったのに、眼鏡がこんなに枠の小さいものだったなんて、気づかなかった。自分と海を遮るものは何もなかった。こんなにも世界が広かったことをもしかしたら初めて実感したかもしれない。
そのまま、何も考えずに、ただ地平線に向かって前に歩いていった。そのシンプルさがとても心地よくて、道路を歩いていたのが馬鹿らしく感じられるほどだった。
砂浜にいるのは自分1人だと思っていたが、しかし、進んでいくとそんなことはなかった。しばらく歩くと地平線の先にちらほらと立つテントと海の家を見つけて、人影も見つけた。平日だが人はいた。ちょっと寂しい気持ちになったと同時に、自分の格好がジーンズの長袖腕まくり、靴が革靴という、都会から迷い込んでしまったような風体だったことに気づいて、ひどく恥ずかしくなった。
1人でただ浜辺を歩くのはとても楽しかったが、海に入って遊ぶ人たちもとても楽しそうだった。今度は誰かと普通に遊びに来たいなと思ってしまったのが、ちょっと悔しかった。
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