ありがたい、けれど、認めたくない存在
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記事:いのうえかほる(ライティング・ゼミ平日コース)
私には、「言葉にしにくい人」がいる。
ありがたい、けれど、認めたくない。そんな存在だ。
今年の春に長年勤めた会社をやめた。
後輩やお世話になった先輩たちからは、感謝の言葉と激励の言葉をもらった。
かわいがってもらった元上司からは「井上なら絶対大丈夫」と心強い言葉をもらい、たまにご飯をご馳走してくれる。友人からは「お疲れさま。長く働いたんだから、しばらくゆっくりしたらいいよ」とやさしい言葉をかけてもらった。
素直にうれしかった。自分を応援してくれる人は、こんなにもいたんだと思えた。
けれど、所詮は他人ごと。
絶対大丈夫という保証はないし、ゆっくりしたところでお金はどんどん減っていく。面接には落ちるし、税金やら保険料やらものすごい金額の請求がくる。打ちひしがられることの連続だ。
それに、そんな話をまわりにしても「次いこう、次!」とか「そうだよねー、自分もそうだったよ」とあたり障りのない言葉をもらうだけで、なんの解決にもならなかった。
そりゃそうだ。他人ができることなんて限られているし、私が同じ立場だったら同じ程度のことしかできなかっただろう。結局は自分で解決するしかないのだから。
そんななか、「うちの会社で働くってのはどう?」と言ってきた人がいた。
それが、「言葉にしにくい人」、Yだった。
彼は経営者でも管理職に就いているわけでもない。ふつうの一般社員だ。
「会社の先輩にお前のことを話したら、会ってみようかって言ってる。 一度話聞いてみない?」と言う。
彼がこの話をしてきたのは、私が「会社をやめた」と伝えてから数日後のこと。
もらった言葉にも驚いたが、その行動力にも驚かされた。
捨てる神あれば拾う神ありとはこのことかと思った。認めたくはないのだけれど。
私が彼と出会ったのは、もう15年近く前。
考えが似ていたり、好きなものが同じだったから、あっという間に仲良くなった。毎日のように連絡をとり、ときには朝まで語りつくす。「なーんだ。男女の友情、ぜーんぜん成立するじゃーん! なんでみんな、成立しないとか言ってんのさー」と思っていた。
……数年後、彼を好きになり、フラれるまでは。
フラれてから数ヶ月後、連絡をしたのは私だった。
「フラれたこと、全然気にしてませんよ感」いっぱいの文章で、確信をオブラートに包むようなメール。もしその当時の自分に声をかけることができるならば、「やめなさい! 恥ずかしいから!」と言ったかもしれない。
それでも連絡したのは、なんでも話せる相手が彼以外にいなかったことと、フラれたことで「もうなに言ってもいいや」と思えるようになったから。それに、彼からの答えは昔から、自分の「出せそうで出せない答え」になっていたからだ。
だから、会社をやめるときも最初に相談したのは彼だったのだが、彼の答えは「でも、お前はやめないと思うよ」という一言だった。
結局私は会社をやめたのだが、彼の言うとおり「やめずに残る」という選択はギリギリまで残っていた。それでもやめたのは、彼への劣等感があったのかもしれない。高校大学社会人と安定的な道を歩んできた私は彼にとって「安定を求めるやつ」で、そう思われているのがイヤだった。やるときはやるんだぞっていうのを見せたかったのかもしれない。
「会社、やめた!」と報告すると、彼は「よく決断したね!」と驚いているんだか、褒めているんだかわからないリアクションをした。まぁ、LINEだったから本当にどちらだかわからないのだけれど。
私はフラれた相手、フった相手とは距離を置くのが正解だと思っている。
「友達でいようよ」なんてふわふわした関係はイヤだったし、フラれた側がみじめさを抱えていくだろうと思ったから。
でも、もしあのとき私が彼に連絡をしていなかったら。
私がどういう想いでどういう風に働いてきたかを、同じ目線で理解してくれる人はいなかったかもしれない。私を助けようと行動をしてくれる人は現れなかったかもしれない。
だから、自分の会社で働くのはどう? と言われたときは、フラれてそのままにしないでよかった! と思った。
「好きだ」という想いには応えてもらえなかったが、私の仕事に対する想いには応えてくれた彼。もしかしたら、こういうことはなかなかないのかもしれない。
それでも、もし、「フラれちゃったけれど、恋愛感情はなくなったけれど、人として好きだ」という人がいたら、少しだけ間をあけて連絡してみるのもいいかもしれない。
ケーキや唐揚げのような高カロリーのものは、ダイエット中は「敵」になる。けれど、ダイエットを頑張ったご褒美としては「味方」になるように、違う側面があるかもしれない。
もちろん、依存しちゃいけない。恋愛感情があったのだから、絶対に、だ。適度な距離を保って、頼りすぎない。相手と親しくなったとしても、依存しないで自立できるという前提が必要だ。
ただ、どこか悔しさは残る。私はフラれた側だから、彼が勝っていて私が負けているように感じている。
だから私は、いまできることを、いましか体験できないことを、いまやりたいことを精いっぱいやる。「いいだろー? 自由で」と自慢する。でも、そんなもんじゃ足りない。彼のしてくれた行動につり合っていない。私が新しいところでイキイキと働いて、フラれる前のようにお互いの悩みを共有することで、つり合いが取れるんじゃないかと思っている。
ところが、彼はまた、私に提案してきた。
「前に働いていた会社の上司が、人足りないって言ってるらしくて。詳しい話になるようだったら、お前のこと話してみるから」と。
自分なりに頑張るからと1回目を丁重に断ったにも関わらず、また助けようとしてくる。私の、ヒーローになろうとしてくる。
ありがたい、けれど、また一歩先を行かれたようで悔しい。なんとか彼がヒーローになるのを避けたいと思ってしまう。
言葉にしにくい彼と、その彼に負けたくない私との関係はこの先どうなっていくのかわからない。けれど、恋愛でもない、ただの友情でもない、新しいネーミングが生まれるといいなと思っている。
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