確率30%は、高いのか低いのか
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記事:植松真理子 (ライティング・ゼミ 日曜コース)
「所見があります」
お尻が痛くなるほど長い時間待たされた後、やっと名前を呼ばれた診察室で、医師から際にいわれたのがこの言葉だった。
「は? 所見って何ですか?」
「それを今から説明します」
問題ありませんでしたと言われるとばかり思っていたので、とっさに所見という言葉の意味が分からなくて、思わず質問してしまったのだが、その質問は理解されずに検査結果の説明が続いた。
50歳になった記念に、というくらいの軽い気持ちで受けた脳ドックだったのだが、怖いものが見つかってしまったのだ。見つかったのは「脳動脈瘤」だった。
「脳動脈瘤というのは、脳に血液を送る太い動脈の壁の一部が薄くなって、風船のように血の圧力で膨らんだ瘤のことです。これが何かのきっかけで破裂してしまうと、くも膜下出血となります」
医師の説明はわかりやすかったが、緊張してあいづちは打てなかった。
「どんな治療をするのですか?」
「治療をするなら手術しかありません。手術は2つの方式があり、1つは頭蓋骨に穴を開けて動脈に直接クリップをとめる開頭手術。もう1つは足の付け根にある太い動脈から、細い針金のような器具を脳まで通し、動脈にできた瘤の中に針金を詰めるカテーテル手術です」
「治療をするなら、ということは、治療をしないということもあるのですか?」
「経過観察をされている人もたくさんいます」
「それは自分で決めるのですか?」
「この程度の症状の場合は、患者さんの希望を聞いて治療方針を決めます。まずは三か月後にもう一度MRI検査を受けてください。そこでもう一度考えましょう。特にこれまでの生活を変える必要はないですよ。心配しすぎないでください」
心配しすぎるなといわれても心配しないのは難しく、その日からネットで脳動脈瘤について調べまくってしまった。
まず、くも膜下出血が起きると、約半数の方がそのまま死に至ること。死に至らなかった残りの半数のうちの半分は寝たきりや半身まひといった重い後遺症が残る。社会復帰できるのはくも膜下出血を起こした人の4分の1程度ということがわかった。これは、かなり怖い。
脳動脈瘤の手術では、2つの方式どちらも後遺症が残るリスクが約5%程度あった。何より脳をいじられる手術をして、自分が今と同じ自分でいられないのではないかと思うと怖い。
では破裂率はどのくらいなのだろうと思って調べたところ、私にできたような脳動脈瘤が1年間に破裂する確率は約1%という統計数字がでていた。ただ私は今50歳なので、この先80歳までは生きるだろうと考えると、30年間ある。30年間で脳動脈瘤が破裂する確率は1%×30年と計算するので30%となる。
この30%という数字を、一体どう考えたらいいのだろう。
例えば天気予報で「明日の降水確率は30%です」と言われたら、私はたぶん傘を持って出かけない。晴れの確率のほうが高いので、きっと大丈夫だろうと思うからだ。或いは、模試の結果、志望大学の合格率が30%なら、別の大学を受験することを勧められるだろう。そう考えると30%は低い確率だ。
しかし例えばバーゲンで30%offという文字を見たら、お得だと思う。ジュースで30%果汁なら、結構濃いほうだ。30%は、決して小さな確率でもない。
30%という発生確率と手術の5%のリスクを比べると、手術をするほうが合理的な判断なのかもしれないと思う。
しかし、明日30%の割合でくも膜下出血をおこすのではなく、今後30年間で30%の確率なのだ。1年に直せばやはり1%だし、1日にしたら0.27%だ。つまり1日あたりにしたら99.73%は何も起こらない。
そういえば首都直下型地震が起きる可能性も、今後30年間で30%だった。この数字を聞いて、怖いとは思っても引っ越す人はいないだろう。怖さもすぐに薄れてしまっているのではないだろうか。それは小さなリスクより、毎日の生活のほうが大切だからだと思う。
でも、もし脳動脈が破裂してしまったら取り返しがつかない。でも、ずっと破裂しない確率のほうが高いし、手術は怖い。でも破裂してしまった場合のダメージの大きさを考えると、やはり手術すべきではないのか? それとも、破裂してしまったらそれも運命さと思えるのか……?
少しでもよい選択をしたいとさんざん考えだが、30%という確率が高いか低いかについて白黒つけるのを辞めることにした。考えることに疲れてしまったという理由もあると自覚しているが、どちらの選択がより有利かより、何を大切にしたいかで考えるしかないと思うことにしたのだ。
そして、私にとって大切なのは今の生活だったので、経過観察をすることにした。かといって、死んだら運命と思えるほどの強さはないので、定期的にMRI検査を受けて動脈瘤の形や大きさに変化があったらすぐに手術をすることにしている。或いは、今の仕事や親の介護の責任がなくなったときに、改めて手術をどうするか考えようと思っている。
結局、このようにしか判断できなかった。今はもう、どうかこの選択が間違いではありませんように、と祈るしかない。
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